こんばんは!youmyanです(^_^)
今回は珍しく旅日記ではなく、長崎県のカントリーサインの設置傾向について語ってみようと思います。

長崎県の代表的なカントリーサインと言えば、こちらの赤・水色・緑で表現されたイラストが入った独特の大型標識が思い浮かぶでしょう。
長崎くんちの龍踊りが表現されており、長崎市の標識だと一目で分かります。このような大型イラスト標識が各県道の市町境に設置されており、各町ごとのデザインを楽しむことができます。

現在は、こんな感じで42種類もの標識が現存しています。こんな感じでリストで並べると、統一色があるので統一感が凄く気持ちいものです。
そんな長崎県のイラスト標識について私がいろいろ調べたところ、なかなか興味深い文献が出てきました。

(出典: みちくさ Vol.2 Road News Nagasaki(出版:建設省長崎工事事務所))
こちらが長崎県のイラスト標識について重要な記述がされている文献です。昨年度の夏に長崎県立長崎図書館で見つけました。
「どこに書いてるのんだ.......ん?えっこの赤枠で囲った写真に写ってるパネルのことか.......」
そうです、この赤枠で囲った写真に写ってる展示パネルに書いてあるものが長崎県のイラスト標識について書いてある唯一の資料なのです。
パネルの構成は説明文と各自治体の標識が並べてあります。
この写真だと粗すぎて(複写してもらったものを写真にしてるので)なんて書いてあるか読めませんが、原本だとかろうじて読めたので以下に記述します。

(説明文の段落が写真と違うのはご了承願います。)
えっ、長崎県のこの標識はふるさとサインっていうんだ!!
ここ何年も市町村標識について調べてきましたが、北海道の市町村標識にカントリーサインっていう名前が付いているように、長崎県の市町村標識にも正式名称があったとは驚きである。
因みに山口県と福岡県の独自のイラスト入り市町村標識もふるさとサインという名称が付いています。この3県で見ると山口県の平成2、3年頃に一斉に整備しはじめ、その後、平成7年に福岡県、長崎県、大分県(名前こそ「豊の国サイン」でふるさとサインではありませんが、ふるさとを豊の国(大分県)と変えたものと思われる)に普及した感じですね。名前からして、山口県の特産品を入れた標識が間違いなく影響されたと考えられます。(なので私はこの4県のカントリーサインをふるさとサイン4兄弟と呼んでます。)
さて長崎県ふるさとサインについてイラストが完全に分かる資料があるのか気になるところですが残念ながら現時点で発見できてません。長崎県にも問いあわせてみたのですが、一切の情報が無いとのことです.......
ただ、上記の資料の別ページにもふるさとサインの展示パネルが写っていました。


(出典: みちくさ Vol.2 Road News Nagasaki(出版:建設省長崎工事事務所))
「........ いや写っているけど小さくて分からんよ。」
もう、本当にこれくらいしか資料が無かったんですよ。私も全自治体のイラストをみたいですよ。
まぁ、北松浦郡や南松浦郡の自治体のイラストは判明しているところが多いのでこれを元に各自治体のふるさとサインがどこに配置されているか試しに推測してみました。それが以下の通りです。




「うそだろ......これだけの情報で何でここまでわかるの????????」
本当にそう。自分で集計していて何でここまで分かるのか、もはやカントリーサインに執着しすぎた結果ですよ、病気ですね(笑)
まぁ、実はふるさとサインの並んでる順番について既知の自治体をこの画像と照らし合わせると自治体コード順に並んでることに気付いたって言うだけなんですけどね。なので、市部や北高来郡は本当にこの順番になってるか確定では無いです。
加えて、なぜか有川町と新魚目町だけ自治体順に当てはまらなく前後逆になっています。有川町の位置は絶対合ってる自身があります(笑)(イラストの特長が分かりやすい)
このリストをみると、いかに長崎県の自治体は多かったってことが分かります。今でこそ21自治体しかありませんが、当時は79もあったのでカントリーサイン撮影も回りがいがあったのでしょうね。
因みに、当たり前ですが離島でかつ外部と道路が接していない自治体 高島町、伊王島町、鷹島町、大島村、小値賀町、宇久町、奈留町にはそもそもふるさとサインのデザインが設定されていませんでした。逆に言えば、境界に橋などを介して接している平戸市、生月町、福島町、大島町、崎戸町にはちゃんと設定がされていたようです。まぁ、実際に設置がされていたことが確認できているのは大島町と崎戸町だけなんですけどね。
と、こんな感じでちゃんと70何自治体分のイラスト標識のデザインがされていたことが分かったのですが、ここからは実際にどの程度設置されたのか現時点でいろいろ調べた結果について細かく書いていきたいと思います。
(因み同年代同様の大型イラスト標識を採用している大分県では離島の姫島村を除いた全57自治体すべてに設置されており、現在も57種類すべて拝めます。)
・福江市→確実に設置されていた(r27・162に支柱が残ってる)
・岐宿町→現存
・玉之浦町→現存
・三井楽町→現存
・富江町→現存
五島市は平成の大合併前、1市5町で構成されており、奈留町を除いた4自治体は福江島で各自治体の境界があり、ちゃんとふるさとサインが設置されており、福江市以外は現在でも現存しています。福江市はふるさとサインの画像を見た事はありませんが以下の写真のような支柱が残っており確実に設置されていたことが分かります。

・上五島町→現存
・若松町→現存
・新魚目町→現存
・有川町→現存
・奈良尾町→現存
新上五島町は上記の5自治体がくっついて出来た自治体ですが、基本中通島に集まっており自治体の境界はこの島で完結していました。こちらも福江島同様にふるさとサインがかんびされており、全自治体のふるさとサインが現存しています。しかも、福江島と違って設置されていたふるさとサインの撤去が全くされておらず、県管轄の道路の旧行政界には残っているというとても珍しい自治体です。
・厳原町→現存
・美津島町→現存
・豊玉町→現存
・峰町→現存
・上県町→現存
・上対馬町→撤去
対馬も全6自治体にふるさとサインが完備されていました。ただし、国道382号にしか設置されて無く、基本的に上対馬に向かう方角にしか無く(厳原町は美津島町境にある)、福江島や中通島のように県管轄の道路にすべて整備されたわけでは無さそうです。(まぁ、もっとも県道の境界にはどのような標識があったか全く情報が無いので完全否定はできませんが)
因みに、上対馬町は佐須奈トンネルの新道供用に伴い撤去されてしまったようです。峰町は2023年までは残っていましたが2024年になぜか撤去されてしまいましたが、2025年8月に行ったら、峰町は復活していました。
・郷ノ浦町→現存
・勝本町→現存
・芦辺町→現存
・石田町→現存
壱岐島は以前、ブログに書いた通り旧4自治体のふるさとサインは残っています。基本的には国道382号に設置されており、たまに県道にもあるといった設置具合です。ただ、対馬と同じで片側にしかふるさとサインを設置されていないという謎の現象が起きており、おそらく合併の影響で撤去されたとかではなくもともと設置されていないが事実なんじゃないかと思っている。
現在の平戸市は旧田平町の長崎本土部と平戸島の旧平戸市、生月島の生月町、的山大島の大島村で構成されており、現在本土部で見られる平戸市のテントウムシのふるさとサインは田平町のものになります。なので、旧平戸市と旧生月町のふるさとサインが設置されていたとなると、田平地区と平戸島を結ぶ平戸大橋、平戸島と生月島を結ぶ生月大橋の2か所のみになる。
しかし、平戸大橋にはC型(英文字あり文字のみタイプ標識)が平戸市・田平町の両側確認できているので、もしかしたら長崎道路公団管轄で同じ生月大橋も文字のみタイプがあった可能性が高そうです。ただ、同じ長崎道路公団管轄の大島大橋に大島町と西海町のふるさとサインが設置されたので平戸市と生月町のふるさとサインが設置されていてもおかしくはないんですよね。
・松浦市→現存(県管轄の道路に何か所か設置されている)
・福島町→福島大橋に設置されていたかもしれない
現在の松浦市は長崎本土部の旧松浦市と福島の福島町、鷹島の鷹島町の3自治体がくっついて出来た自治体。松浦市にはふるさとサインが整備されており何か所かで見られ、鷹島肥前大橋で佐賀県と境界をつなぐ橋ができた際にはちゃんと松浦市のふるさとサインが設置されました。鷹島が合併せず残っていたらもしかしたら鷹島町のふるさとサインが見られたかもしれませんね。
一方で福島町は合併前から佐賀県伊万里市と福島大橋で陸路で結ばれており、ふるさとサインが設置されていてもおかしくは無いのですが現在時点で長崎県の標識すらないため元々設置は無かった可能性が高さそうです。代わりに歓迎のモニュメントが代わりをなしてるのでなかったかも。いろいろ文献を調べたけど、当時の福島大橋の写った写真が見つけられていないので探したいところです。
・佐世保市→現存(2種類存在している)
・世知原町→現存
・吉井町→現存
・江迎町→現存
・鹿町町→現存
・小佐々町→現存
佐世保市は旧佐世保市と北松浦郡の6自治体が合併して今の形を成しています。
離島である宇久町を除いてすべての自治体でふるさとサインが整備されており、現在でも世知原町,吉井町,江迎町,鹿町町,小佐々町のふるさとサインが残っており拝むことができる。というか、吉井町とか江迎町とかに関しては佐々町や松浦市、平戸市の境界に旧自治体名のまま堂々と残っています。なのでこのあたりは合併前の状態を維持していて昔の設置傾向を調べる身としてはありがたい地域です。
また、本来の佐世保市のふるさとサインについて、なぜか2種類のイラストが存在しています。(パネル資料にもちゃんと2つのイラストが設定されている。)


このようにハウステンボスが描かれているバージョンと九十九島の夕日が描かれているバージョンの2タイプ存在します。
因み、設置個数はどちらも2か所ずつの計4つ設置されています。撤去されたもの(確認ができたもの)を含めると九十九島バージョンが4つになり計6か所あったことが確認できています。この2タイプ、どのような基準で設置されているのか謎ですね。
・佐々町→現存
北松浦郡で唯一残った自治体です。こちらもちゃんとふるさとサインが整備されいます。むしろ、市町村標識はこのふるさとサインのみしか存在していなく、シンプルな文字のみは設置されていません。
・東彼杵町→現存
・川棚町→未設置
・波佐見町→現存
東彼杵郡の3自治体は川棚町以外はふるさとサインを整備しています。
東彼杵町は県道6号の佐賀県嬉野市境と大村市境にあります。どこかのサイトでこの場所の文字のみタイプの標識が写った写真を見た事あって、1999年頃辺りは文字のみタイプ(C型)が採用されててそのあとに設置されたようです。しかも、なんでそんな場所にというところにあるので撮影が大変です。というか、通る人も少ない場所にふるさとサインが設置されるなら、川棚町のもっと車通りがある場所に設置して欲しいものです。
波佐見町は、ふるさとサインの方が設置率がよい珍しい自治体です。文字のみも2か所だったかな?
・大村市→未設置
大村市もなぜかふるさとサインが無い自治体です。県道6号の東彼杵町のふるさとサインがある反対は大村市ですが、文字のみタイプが設置されており同じ管轄でこの違いは何だろう....って感じですね。
・長崎市→現存
・琴海町→不明
・三和町→不明
・香焼町→不明
・野母崎町→不明
長崎市周辺はC型が多く設置されておりの旧自治体はC型の可能性が高いが、外海町のようにふるさとサインがある場所もあるので、琴海町とかにはふるさとサインがあったかもしれないです。三和、香焼、野母崎に関しても全くと言ってほど情報が無く文字のみの標識の情報ですら無いので不明です。
実はこちらの自治体のふるさとサインのイラストのデザインは判明しています。また、同様に長崎市はイラストが3種類設定されていて、実際にはくんちのイラストの物だけ確認できていますが、残りのグラバー園、眼鏡橋バージョンももしかしたら旧自治体の境界にあったかもしれないです。
・長与町→現存
・時津町→未設置
西彼杵郡の生き残りの2自治体ですが、長与町には2か所ふるさとサインが設置されていますが、時津町の方はふるさとサインが整備されていません。これを踏まえると長崎市周辺の自治体は文字のみタイプが主流だったのかなと思います。
・西海町→現存
・大島町→現存
・崎戸町→撤去済
西海市になった5自治体すべてにふるさとサインが整備されていることが分かっています。というか、崎戸町以外は現存しています。大瀬戸町と西彼町は西海市に訂正されて現役で使われいます。
・諫早市→現存
・小長井町→標識板が現存しているので国道207号辺りにあったと思われる
・飯盛町→国道251号に設置されていた可能性がある
・森山町→国道251号に設置されていた可能性がある
諫早市になった自治体は長崎県タイプはあった可能性が高い。ただ、飯盛町や森山町にC型、国道251号の従来の長崎市がC型だったのでわりとC型大国だった可能性が高い。もしくは国道のみにイラストタイプがあったかもしれない。


国道251号の旧飯盛町と森山町の境界で、諫早市のふるさとサインが設置されているのですが、写真を見ると何やらリベットで上から打ち直している跡があって、横から見ると標識が重なっているのがお分かりいただけるだろうか?間違いなく飯盛町と森山町のふるさとサインから重ねて諫早市のふるさとが設置されている感じで、飯盛町と森山町のふるさとサインが整備されていた証拠になります。
高来町は諫早市と小長井町にイラストタイプが確実にあったのでほぼ確であったと思われるが情報が無いですね。
・愛野町→設置されていたかな.....
・吾妻町→確実に設置されていた(国道251号に支柱あり)
・瑞穂町→確実に設置されていた(国道251号に支柱あり)
・国見町→不明
・千々石町→不明
・小浜町→不明
・南串山町→撤去済
雲仙市になった自治体は分からないことが多い。県道の境には支柱が残っているが長崎タイプの設置跡が確認できないため多分文字のみだったのかな。確実に長崎タイプの支柱が残っているのは国道251号の吾妻町と瑞穂町だけ。

こちらが、国道251号の旧吾妻町と瑞穂町境にあった支柱です。
位置的には瑞穂側にあるので瑞穂町のふるさとサインがあったのは確実だと思われます。

一方、同じく国道251号の旧吾妻町と瑞穂町の吾妻町側はこのような支柱があってこちらは文字のみタイプがあったんだろうという事でもしかしたら吾妻町は文字のみタイプしかなかった可能性があります。さっきの瑞穂町の支柱に両面利用だったら別ですがどうなんでしょうねぇ。
また、瑞穂町の国見町との境はどうなっているかというと

こうなっていて、向き的に瑞穂町のふるさとサインが設置されていた支柱で、瑞穂町は確実にふるさとサインの整備がされていたのが分かります。一方国見町側は瑞穂町支柱の後ろにぼろい支柱が被ってあったので両面でふるさとサインがあったとは考えずらく、もしかしら文字のみだったのかもしれません。


そして愛野町は国道251号の旧森山町の境でこのような支柱が残っており、現在は雲仙市の章入りタイプが設置されていますが、支柱をよく見るとふるさとサインが設置されていた跡と取れる縞模様が見えるためこちらもふるさとサインが設置されていた可能性が高そうです。瑞穂町にも二本支柱があることや、国道251号の飯盛町から瑞穂町までふるさとサインが設置されていた痕跡があるという事で、順当に国道251号の飯盛町、諫早市、森山町、愛野町、吾妻町、瑞穂町まではちゃんと整備されていたと推測できます。
グリーンロードの愛野町~国見町境は独自の標識が設置されていますが、こちらはふるさとサインとは全く関係ないと思われます。
小浜町と南串山町もあるが小浜町は章入りだし、南串山町にはC型があったのでもしかしたら長崎タイプは無かったのかもしれない。ただ、国道251号の小浜町境に南串山町のふるさとサインが設置されていたのは分かっているので小浜町にもふるさとサインが整備されていてもおかしくは無いですが情報が無いです。
千々石町は国道251号を通らない(厳密には国道57号の重複区間になる)ので、島原半島の県道には文字のみタイプという法則を当てはめると、ふるさとサインの整備は無かったと思われます。
・島原市→無かったかも
・有明町→無かったかも
島原市と有明町は国道251号とグリーンロードに支柱跡があるが、長崎タイプが設置されていたかは微妙な感じ。少なくても、グリーンロードの有明町は国見町側が文字のみ、島原市側がグリーンロード独自の標識だった感じだったのであるとすれば国道251号だけかな。
ただ、国道251号に残っている支柱は長崎タイプの設置されている支柱は二本柱かシルバーの支柱でこちらは白支柱であるため違う。ただ、外海町のもの支柱は白支柱であるため皆無とは限らない。また旧有明町境界の雲仙市境に謎のボロボロ島原市のC型があるため多分国道251号の島原市はC型だったのだろう。有明町も同様な気がする。そうなると国道251号の国見町の支柱が違うのも合点がいくし、瑞穂町の境の国見町が文字のみだったという仮説も成り立つ。
・深江町→不明
・布津町→不明
・有家町→不明
・西有家町→不明
・北有馬町→不明
・南有馬町→r209に現存
・口之津町→国道251号に存在した
・加津佐町→r209号に現存
南島原市になった自治体は不明な点が多い。長崎タイプは南有馬町、加津佐町、口之津町で確認されている。南有馬町と加津佐町は雲仙グリーンロード上にそれぞれ長崎タイプと雲仙グリーンロードの独自の形式(イラストは同じ)があありこれを考慮するなら北有馬町と西有家町も雲仙グリーンロードのバージョンがありこれが長崎タイプとして使われていた可能性があるが長崎タイプの独自のカラー意匠と合わないので長崎タイプと呼べるか微妙。
また、北有馬町と西有家町の県道に通常サイズのE型があり、他の自治体もこのタイプが採用されていた可能性が否めない。
そして、口之津町の長崎タイプがまさかの国道251号にあったというのだから国道251号には長崎タイプがあったかもしれない。(少なくても国道251号の南串山町にふるさとサインがあったので南串山町~深江町にはふるさとサインが整備されていてもおかしくは無いです。)
といった感じで、意外とふるさとサインについて不明な点が多いのが現状です。特に、島原半島や旧北高来郡辺りはふるさとサインがあったであろうに情報がほぼ皆無なので、情報を知っている方がいれば是非教えて欲しいです。
引き続き、長崎県のふるさとサインについては重点的に調べる予定なので何かあればまた追記します。
・おまけ
上では、ふるさとサインについて書いていきましたが、全体的な設置状況(文字のみはあったのか、章入りはあったのかなど)のリストも掲載しますので参考にしてください。
※標識の形式について我々カントリーサインマニアの中でA~Fなどで振り分けてその区分で表記しているため、該当する標識の例も入れておきますので参考にしてみてください。

以下のリストはAからE、ふるさとサインのふ、農道独自のイラスト標識X型で振り分けます。
長崎県のカントリーサイン設置状況(2025年8月17日時点)
○長崎県→A(撤去済)、C、D、ふ
○長崎市→B、C、D、ふ
・琴海町→不明(Cがあった可能性)
・外海町→ふ(長崎市と訂正されて現存)
・香焼町→不明
・三和町→不明
・野母崎町→不明
・伊王島町→当時は島独立だったため境標識は設置なし
・高島町→島独立のため境標識は設置なし
○長与町→A、B、C、ふ
○時津町→C
○西海市→ふ(大瀬戸Verと西彼Verを流用)
・西彼町→E、ふ(ふるさとサインとは別のE型あり)
・大瀬戸町→B(撤去済)、ふ
・西海町→B(撤去済)、E、ふ(ふるさとサインとは別のE型あり)
・大島町→ふ
・崎戸町→ふ(撤去済)
○諫早市→B、C、D、ふ
・旧諫早市→C、D(新章に書き換えられたが旧章が見えかけてる)、ふ
・多良見町→D?(R34にあったであろう)、ふ(諫早市と書き換えられて現存)
・飯盛町→B、C、ふ?(R251に飯盛町ふるさとサインを上書きした跡がある)
・小長井町→B(撤去済)、ふ(諫早振興局に保管)
・高来町→ふ?(R207号にあったと思われる)
・森山町→C(撤去済)、D(撤去済)、ふ?(R251に森山町ふるさとサインを上書きした跡がある)
○雲仙市→B、C、D
・愛野町→B?、D(撤去済)、ふ?(R251に愛野町のふるさとサインが設置されていたであろう支柱がある)、X
・吾妻町→B?、X
・瑞穂町→B、ふ?(R251に瑞穂町のふるさとサインが設置されていたであろう支柱がある)、X
・国見町→B(撤去済)、X
・千々石町→B(撤去済)、D(撤去済)
・小浜町→D(R57にネガタイプがあった可能性あり。農道にカラーが現存)
・南串山町→C(撤去済)、E、ふ(撤去済)
○南島原市→C、D
・深江町→A、C(撤去済)、X
・布津町→A、C?、D?(R57にCとDがあった可能性があり)
・有家町→D(撤去済)
・西有家町→B、E
・北有馬町→B、E
・南有馬町→ふ
・口之津町→ふ(撤去済)
・加津佐町→ふ
○大村市→C、D
○東彼杵町→D、ふ
○川棚町→D
○波佐見町→C、ふ
○佐世保市→C、D、ふ
・世知原町→ふ
・吉井町→C、ふ
・江迎町→A、C、ふ、X
・鹿町町→ふ
・小佐々町→ふ
・宇久町→島独立のため境標識は設置なし
○佐々町→ふ
○松浦市→C、ふ
・福島町→不明
・鷹島町→当時は島独立だったため境標識は設置なし
○平戸市→ふ(田平町のものを流用)
・旧平戸市→C(撤去済)
・田平町→C(撤去済)、ふ、X
・生月町→(不明)
・大島村→島独立のため境標識は設置なし
○小値賀町→島独立のため境標識は設置なし
○新上五島町→島独立のため境標識は設置なし
・新魚目町→ふ
・上五島町→ふ
・有川町→ふ
・若松町→ふ
・奈良尾町→ふ
○五島市→島独立のため境標識は設置なし
・福江市→C、ふ?(ふるさとサインがあった形跡あり)
・岐宿町→C、ふ
・三井楽町→ふ
・玉之浦町→ふ
・富江町→ふ
・奈留町→島独立のため境標識は設置なし
○壱岐市→島独立のため境標識は設置なし
・郷ノ浦町→ふ
・石田町→C、ふ
・芦辺町→C、ふ
・勝本町→ふ
○対馬市→島独立のため境標識は設置なし
・厳原町→ふ
・美津島町→B、ふ
・豊玉町→B、ふ
・峰町→B、ふ
・上県町→ふ
・上対馬町→ふ(撤去済)





































































































































































































































土手を歩いていると間もなく



















あんずの里入り口から少し走るとこんな感じであんずの花がちらほら増えてきました。この日はまだ蕾が多かったのですがきれいな花を咲かせており時折立ち止まって写真を撮りまくりです。自転車旅でしか許されない特権ですね。











































