youmyan’s diary

カントリーサイン好きの私 youmyan こと ゆうと が撮影したカントリーサインや旅の紹介をするブログです。

5日間長距離遠征!2020 (長崎編)

 

こんばんはyoumyanです(^_^) 今日も長崎遠征の続きをやりますよ!(何せ記事の渋滞を起こしてまして‥‥) 本日は遠征4日目からいきます!

・2020年7月19日

この日は遠征4日にあたります。この日は、長崎県の南部(佐世保市以南)でまだ未踏の自治体である、長崎市をはじめとしたカントリーサインを収集する行程となっています。

始発で最初の目的地である本川内駅へ向かいました。しかし、朝初っ端から緊急事態発生!なんと、私のカメラの充電がされていなかったのである(T_T) 昨日、充電の表示マークがすでに1しか残っていなかったので寝る前に充電器にセットしたはずがなぜか充電がされていないということが起きてしまったのです!!私の使用しているカメラは何せ10年前から共にカントリーサインを撮影している仲なのでバッテリーの調子がおかしくなるのも無理ありません。実際、充電の減る速度が早くなっていること知っていて買い換えなくちゃと思っていた時についに異常を来してしまったようです。しかもよりによって旅の最中に‥‥最悪です(T△T)

それでもカントリーサインを撮影する枚数を1枚に制約することで残りの充電を保つという作戦にでて旅を開始しました。(まあ、最悪スマホのカメラがあるので撮影できないとはなりませんが、どうしてもデジタルカメラの方が写りがいいのでカントリーサインだけはデジタルカメラで撮りたかった‥‥)

さて、諫早駅から電車で揺られること10分位で本川内駅へ着きました。県道33号を諫早市方面へあること30分、目的地である長与町諫早市境へ到着しました。

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(1枚目:県道33号 長与町境  2枚目:県道33号 諫早市境)

こちらの境界はトンネルに位置しているため坑門にボルトで直接標識を留めているようです。

「あれっ、諫早市カントリーサインはめがね橋のイラストじゃなかったっけ?」

とお思いの方、実はこの地点のカントリーサインは旧多良見町(合併で諫早市になった)のものを使い回しています。しかも諫早市の場合境界が旧諫早市の場所じゃないところ、例えば国道251号の雲仙市境や長崎市の境それぞれ旧森山町飯盛町だったが合併で諫早市境になったところはすべて諫早市Ver.のめがね橋のイラストのやつに変更されてしまっているためこうして旧自治体のイラストをそのまま使うことは諫早市の方は珍しくおそらくこの地点だけが諫早市の別バージョンを見れる唯一の場所となっています。

イラストは多良見町の名産品 伊木力 ミカンのみかん坊やのイラストです。何故、こいつだけ生き残ったかシ○アに言わせれば「(イラストがみかん)坊やだからさ」ということなのでしょう。。(何故この地点だけ残ったか考えたらこの台詞が出てきてしまった‥‥)

まあ、多良見町Ver.だけ生き残ったかというのは実に簡単なことで、旧自治体のものから諫早市のめがね橋のイラストのやつに変わった地点、すなわち国道251号の旧森山町飯盛町、そして国道207号の旧小長井町ですがそれぞれの路線に旧諫早市カントリーサインがあり、旧境界の廃止に伴いその不要となった諫早市カントリーサインをそれぞれの境界に再利用したのではないかというのが私の推論です。(下の図を参照)

 

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この地点の路線、県道33号 は多良見町で途切れてしまうため諫早市カントリーサインの再利用できるものが無いゆえ多良見町のものの上から諫早市と訂正して使われた考えるのが自然では無いでしょうか?

そんなレアなカントリーサインもゲットして次の地点に向かいました。尚長与町のものは次も出てくるのでそのときご紹介します。

次に向かうのはまた、長崎県タイプが設置されている県道。境界は先程同様長与町の境界のため電車には乗らず県道33号から歩くことに。目的地である県道45号の境界まで歩くここと約1時間で到着しました。

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(1枚目:県道45号 長与町境   2枚目:県道45号 長崎市境)

ここでの目的は長崎市長崎県タイプを撮影することです。実は長崎市長崎県タイプはここのみにしか現存していなく、かつては長崎市となった旧自治体との境にも設置されていたと思われますが残念ながら撤去されてしまいました‥‥そもそも、長崎市カントリーサインは案外文字のみも多く設置されているためイラストタイプを設置する隙を与えられていないためここの地点のカントリーサインは貴重な存在なのです。

イラストは長崎くんちの龍踊りです。言わずと知れた長崎市の名物ですね。

反対側の長与町は町の木・花のウメと山々です。先程の県道33号のものと同じデザインです。実は長与町長崎県タイプは県道33号の諫早市境とここ県道45号の長崎市境の2箇所にしか設置されていないまあまあレアなやつです。

余談ですがこの地点のカントリーサインですが、いつもお世話になっています同じカントリーサイン収集家さんのブログにて紹介されていたのですが、そのブログの写真を見たとき少々サイズが他の場所に設置されている長崎県タイプのものより小さいなと思っていたのですが、実際見たときの一言

「でかっ!!」。

ビックリしてしまいました。標識の設置する位置がやや高いためポールが余分に見えることによって小さく見える錯覚を起こしていたようです。実際は他の場所に設置されているのもと同じサイズでした。

無事、長崎市長崎県タイプを撮影し終わったので次の目的地である長崎駅へ行くのですが、最初に降りた本川内駅に戻るより隣の長与駅に行った方が近いということで長与駅に向かうことに。長与駅までは30分位で着いたのですが、ここでちょっと寄道。長与町の隣の時津町まで足を伸ばすことに。駅から近い時津町の境界は国道207号であり、15分位で到着しました。

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(1枚目:国道207号 長与町境   2枚目:国道207号 時津町境)

「えっ‥‥文字のみタイプかよ~。」

そうなんです。現在時津町長崎県では離島を除く自治体で唯一章入やイラストタイプが存在しない残念な自治体なのです(T_T) なので文字のみタイプが撮影できれば満足です。反対側の長与町も同様文字のみです。ただ、youmyan的にはこの地点のカントリーサインはかつて長崎県タイプが設置されていたのではないかと思ってたりします。

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 これは長与町カントリーサインのポールですが、文字のみの標識を設置するのにはやけに太く、さらに丸をつけた部分は標識板とポールを留める際の金具の跡ので色の若干の変色と傷あとにも見えなくないものが残っています。つまり、ポールの下の方まで傷があるということは標識が縦長の長崎県タイプが設置されていた可能性が無くはなさそそうな‥‥まあ、この傷は風化に伴う可能性の方が高いですがね‥‥それに仮にイラストタイプが設置されいたとしてもいつ、何故文字のみに交換されたか不明です。標識自体新しいものではなさそうですし、、それでもこの文字のみの標識にこの太さのポールが引っ掛かったので取り上げてみました。みなさんはどう思いますか??

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時津町のマンホール。もし、実際に時津町にイラストタイプ(長崎県タイプ)が存在していたのならこのイラスト(時津町の名物鯖くさらかし岩)が採用されていたのかもしれませんね。。

こうして、カントリーサインの撮影を終え長与駅に戻って行きました。

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長与駅に戻る途中見つけたものです。橋の欄干なのですがなんと長与町カントリーサインに採用されていたウメの花と全く同じウメの花のイラストがあるではないか!!ついついカントリーサインに関連するものに反応していまい撮影しました。こうやって町でも使われているのを見ると嬉しくなります(*^^*)

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長与駅に到着です。思ったより大きな駅舎でびっくり。なんとも独特な駅舎で面白いですね!

さて、youmyanは長与駅から電車へ長崎駅に向い次なるカントリーサインを撮影に行くのであった。。

続く 

youmyan

5日間長距離遠征!2020 (雲仙温泉と加津佐のカントリーサインの正体編)

こんにちは、youmyanでございます(^_^) 今回も例によって長崎での遠征の模様をお届けします。あと、今回のを合わせて4、5で完結する予定でいますのでもう少しお付き合いくだしませm(_ _)m

さて前回、旧南有馬町加津佐町カントリーサインを撮影して本日(7月18日)無事ミッションを終えることができ島原駅についたところで終わりました。

このあとの予定では、バスを使って雲仙温泉には入り昨日(7月17日)と同じ要領で体の疲れ(特に足の疲れ)をとる日程を組んでいました。しかし、今回の島原サイクリングにてカントリーサインは予定分すべて撮影することができたのですが、その他に重要な場所へ行くことを計画していたのですが予想以上のハードな道のりだったり天気の心配、時間の問題によりその場所に行くことを断念したのです。

その場所とは前回から引っ張ってきている「加津佐町カントリーサインのイラストの正体が分かる場所」である。せっかくならば、みなさんに是非見ていただきたい(いや、実際は自分が行ってみたかっただけなのですが‥‥)そんな思いで決めた計画は見事に打ち砕かれました。

そんなちょっと後悔した気持ちで雲仙温泉行きのバスに乗りました。ん?バス‥‥ そうか!バスを使っていけばいいのか!

島原鉄道のバスは鉄道が廃止された南島原エリアでは住民の貴重な足となっており、口之津、小浜、雲仙温泉、島原、諫早島原半島を網羅するように走っています。

そんな中、島原半島をぐるりと一周する国道251号を走るバス(島原駅→口之津→小浜)という路線に目をつけました。実は例の場所は国道251号沿いのとある公園にあるのでこの路線をうまく使えば行けるのではと思いついたのです。そして時刻表を見るとなんと、雲仙温泉でゆっくりしたあとでも乗り継げるバスがあることを発見!これは行くしか無い!

と言うわけで、雲仙温泉でのんびりしたあとに例の場所に行くことにしたのです。

島原駅からバスで揺られること30分で雲仙温泉街へ。次の小浜行きは1時間半あとにあるようなのでのんびりできそう。

まず向かったのは温泉。

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だんきゅう風呂。今回私が入った共同浴場。この温泉の浴槽にはかつて使われていたらっきょうの漬け物をつくる樽を使っており、そこかららっきょう風呂という言葉が訛ったことでだんきゅう風呂と呼ばれているそうです。

もちろん、雲仙温泉なので硫黄塩泉です。街じゅう硫黄の香りに包まれていていました。

お風呂はとても気持ち良かったです( 〃▽〃) 昨日入った嬉野温泉もなかなかいい湯でしたが、雲仙温泉もなかなかのもの。ちと、熱いかなと思いましたけどそれだけに源泉に近い証拠。(因みに加水はしていない100%雲仙温泉だそう)お陰で、疲れが取れました。

温泉に入ったあとは、共同浴場の番人さんと少し世間話をしてのんびりしてから街を散策しバスの時間を待ちました。

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至るところで湯気が立ち込め硫黄の臭いを放っています。よくこの臭いを腐卵臭とかゆで卵の腐った臭いと言いますが、卵が腐ったら硫黄のような臭いでは済まない臭いを放つのではと思うのは私だけ?(実際卵を腐らした経験が無いのでそもそも臭いがにているのかわかりませんが)

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街を一通り散策し終えて、それでも少し時間があったので、温泉街の中心辺りに温泉神社(うんぜんじんじゃ)と言うところに寄って、旅が無事終わるように祈願しました。
そしてバスの乗る時間になり定刻通り出発し、小浜温泉方面へ。

小浜バスターミナルへは30分少々で到着し口之津方面のバスに乗るのですが、当初小浜から口之津方面バスは1時間待たされる予定だったのですが、前のバスが遅れていたようでそれに乗ることができラッキーでした(^_^)

そして、30分位で例の場所に!

大変お待たせ?しました!ついに加津佐町カントリーサインのイラストの正体見たり!

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加津佐町カントリーサインのイラストの正体は「加津佐道路公園のシンボル塔とそこから見える海と島(長崎半島)」のようです。

このシンボル塔ですが、なかなか探すのに難儀しました。私は加津佐にある何かの像や彫刻あたりかなと検討はつけておりましたが、ネットではそれらしき情報が見当たらず。そこで加津佐町史とかに何か情報が無いか国会図書館で探していたところた長崎県内の各自治体の郷土情報が載っている本になんと、カントリーサインのイラストに描かれているものと同じものが写った写真が!!それがこのシンボル塔です。

こうして、見つけたyoumyanは訪れる決意をし、今に至るわけです。

このシンボル塔は平成5年に建てられたようで、2つの釣り針をイメージして作られたそうです。ただ、作られた経緯は市の方にも問い合わせましたが不明のようです。

まあ、この地元民しか分からないイラストを採用した加津佐町ですがこの塔が建っている場所は海がとても綺麗に見える絶景スポットであるため綺麗な海をもつ町だよという思いをイラストに込めたのかもしれません。

今日はやや雲っていて綺麗な夕日は拝めませんでしたが、私が見つけた本の写真にはすごく綺麗で幻想的な夕日の景色が写っていたので、是非また行きたいと思いました(^_^)

こうして無事活動を終え、バスにて諫早駅へ戻り(シンボル塔最寄りのバス停 権田 から直通で諫早駅へ行けた)3日目の幕を閉じました。

続く4日目は長崎県タイプをさらに収集するべく長崎市の方へ行くのであった‥‥

続く

youmyan

5日間長距離遠征!2020 (島原編⑤)

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(1枚目:県道209号 旧南有馬町境  2枚目:県道209号 旧加津佐町境)
最大の目的であるこの南有馬町加津佐町長崎県タイプに到着し無事現存を確認!!
合併から約15年経った今でも残っています。これを撮影するため千葉からはるばる1200kmを越えてやって来ました。これで撤去されていたらどうしようと不安にもなりましたが見事裏切られず堂々と設置されていたのであります!!

かなりマニアックでありますがこれも立派な長崎県タイプですので撮影することをお勧めします!

ではこれらのカントリーサインのイラストを見てみましょう!

まず、南有馬町側。イラストは天草四郎です。天草四郎といえば有名な島原の乱の最高指導者です。島原の乱は悪政による住民の苦役や重税に加えて天候不良による農作物の不作が重なり住民が一揆をおこし、南有馬にあった原城に籠城し、幕府軍に反抗したが3ヶ月の籠城も空しく全滅してしまうのが一通りの出来事である。原城跡は現在長崎と天草の潜伏キリシタン関連の遺産として世界遺産となっており、当時のキリシタンの歴史や島原の乱について学ぶことができるそうです。この原城跡に天草四郎像があり、カントリーサインのイラストはそれをモチーフにしたものと思われます。

本当は原城跡に寄っていくつもりでしたが、この地点に到着した時間が予定より大幅に遅れていたことや体力と心身の消耗により原城を見学する余裕がなかったため断念しました(T_T) いつか訪れてみたいです。(もちろん自転車でなくです。)

続いて加津佐町側。

「えっ、これは‥‥何のイラストだ‥‥」

とお思いの方がほとんどでしょう。実際私も初見では何のイラストかわかりませんでした。ネットで探してもどこにも情報がなく、wikipediaの方にも加津佐町は空欄。そこで、私は長崎県に行く前に国会図書館にて加津佐に関連しそうな文献を探しました。そしたらある写真を見つけて何のイラストかわかりました。詳しくは次の記事辺りで現地に行ってきましたのでそのとき紹介します。

これにて本日のカントリーサイン収集は終わりでございます!!このあとはひたすら国道251号を島原駅に向けて走るだけです。

ここで北有馬町カントリーサインのイラストに描かれた「先まるくん」について紹介。というのも、国道251号にこんな像が立っていたからです。

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 そうです、前々回の記事で紹介した北有馬町カントリーサインに描かれていたやつです。どうやら町のキャラクターのようです。詳しくは銅像の台座に書かれていましたのでご紹介します。

「先まるくん」とは北有馬町の伝統的な踊り「先踊り」をイメージしたキャラクターです。

先踊りの歴史は古く約350年前、島原地方に新しい領主として松平忠房公が来た際に、町の有志らが殿様行列の先頭で舞った歓迎の躍りからきているそうです。

元々この踊りは大踊という名称で、城下の催しや祭礼で一番のメインの躍りだったそうです。大踊が終わらなければ他の躍りを踊ってはいけないという暗黙のルールや先踊りを踊っている行列が来ると他の躍りは途中でも止めさせられるという程の武士の踊りとして格式と権威を持っていたようです。

その後、奉祝行事として作踊り(豊年踊り)へ変容して先に踊るということから先踊りよ呼ばれるようになったそうです。一時期は継承者不足で途切れていた時期もあったようですが、地元の人により北有馬町の伝統的な踊りとして復活をとげ今なお先踊りを日本だけではなく海外にも披露してその名を広く知られるようになっているそうです。

先まるくんはそんな北有馬町のシンボルとして平成2年に誕生していろんな場所で活躍しているそうな。

なんとも歴史がつまったものだとは思わなかったです。カントリーサインにはどちらかと言えばシンボルマークとして使われたみたいです。是非先踊り見る機会があれば見てみたいものです。

さて、この時点でお昼はとっくに過ぎており、朝からまんじゅうと水分しか取っていない私はお腹ペコペコです。実は、この日のお昼は何を食べるか事前に目をつけておりそこへ向けて出発!

北有馬町から国道251号を島原方面に進むこと30分、西有家の市街地へ。そんな西有家ですが実は知る人ぞ知る手のべそうめんの発祥の地とされていて、須川そうめんもしくは島原そうめんとして日本屈指のそうめんの生産の町なのです。そこでこのそうめんを使った西有家町の郷土料理「地獄煮」とやらをいただくことに。お店は南島原市役所の真ん前にある素麺料理を扱う「面喰い」にお邪魔することに。店内はどちらかと言えばカフェみたいな感じで落ち着いた雰囲気が特徴的でした。そして次の写真が例の地獄煮です。

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 地獄煮とはしょう油ベースのスープつまりけんちん汁に近いものと一緒に食べるそうめんのことです。味は少し味の濃いしょう油が細いそうめんがマッチして美味しかったです(*^^*)

疲れた旅人の心と体を癒してくれるまさに優しい味でした。写真を良く見るとジャガイモが入っているのにお気づきでしょうか?普通はこういったしょう油ベースの汁ものにジャガイモは入れないと思いますが。島原半島はジャガイモの産地としても知られており、昔から身近にあったものを使って作るまさに郷土の味を堪能できました。

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そうめんの石像‥‥自分の自転車を停めたとき横に大きな石碑があるなと思っていたら、実は束のそうめんを型どっていました。実にユニークな像です。世界中探してもそうめんの像は西有家町にしかないでしょう。youmyanはこの像気に入りましたぞ!
こうして、無事食事も済ませ休憩もそれなりに捕ったのであとはひたすら島原へ進むだけ。残り約20kmもありダルいですが自転車を返さなくては帰れないのでやるしか無いってことです!私は海沿いの国道251号なら起伏が少なくて楽に帰れると読んだのですが、それなりに起伏があり登ったり下ったりとまあなんとも不毛な道のりで体力を削ぎ落とされました‥‥

西有家町から進むこと1時間、ついに南島原市島原市の境界に位置する深江町に戻ってきました。ここでちょっと寄り道を。

道の駅みずなし本陣深江というところ。目的は例の道の駅のマグネットを買うことと平成の雲仙普賢岳の噴火による遺構を見ることです。

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道の駅みずなし本陣ふかえでは平成3年に起きた雲仙普賢岳の噴火による土石流で家ごと飲み込まれたものを後生に伝えるため保存展示が行われています。写真の通り、山から流れてきた土石流が家々をまるごと飲み込み、まるで家が沈んだかのようになっています。とても恐ろしいです‥‥土木を学ぶ身として自然災害の在りかたとそのためのまちづくりを考える上で火山による災害はどんなものか一度見てみたかったので見ることができて良かったです。この噴火による被害について学ぶことがいろいろできますので島原に訪れた際には寄ってみてはいかがでしょう。

道の駅からそこまで離れていないところに島原市南島原市の境界があり、本日ラストのカントリーサイン撮影を行いました。

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(1枚目:国道251号 南島原市境   2枚目:国道251号 島原市境)
 国道251号は県管轄でありますが章入りタイプの設置です。南島原市の方は章部分が国道57号のもの同様青色です。英文字は「Minamishimabara」と区切られていないようです。

これで、長かった島原の旅は終わりです。南島原市ともお別れし、道の駅から数十分で島原駅に到着です。

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雨にも降られることなく、パンクもなく無事着いてホッと一安心です。このあとは、ボロボロになった体を癒すため温泉に向かうことに。もちろん島原半島で温泉といえば雲仙温泉です。 雲仙温泉へはバスでラクラク行くことができます。なんといっても今日は島原鉄道の電車バス乗り放題の切符を手にしているため移動費がかからないのです!!

そしてこの切符を駆使することにより加津佐町のイラストに描かれた場所にも行くことができましたので、その模様を次回お届けしようと思います!!

続く

youmyan

 

5日間長距離遠征!2020 (島原編④)

こんばんは!youmyanでございます(^_^) さて早速前回の続きを書いていきます。

youmyanはただいま、西有家町の県道47号と雲仙グリーンロードの分岐点に戻ってきました。そして、南有馬方面へひたすらグリーンロードを走りました。この辺りからだんだんと登りの数が減り下り坂も増え駒を進めるのが多少楽になりました。そうしているうちに旧自治体のカントリーサイン(跡)が。

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(1、2枚目:雲仙グリーンロード 旧北有馬町境 3枚目:雲仙グリーンロード 旧西有家町境)

この地点は境界がトンネルを挟んでいるので両者少し離れた場所にあります。

まず西有家町側から。有家町境に設置されていたものと同じ文字のみのやつとイラストタイプのカントリーサインが設置されているよう。深江町にもイラストタイプがありましたが、この西有家町カントリーサインはどちらかと言えば標準型に近いやつです。ただ、長崎県タイプとは異なっていて、雲仙グリーンロード独自のものとなっています。このタイプは雲仙グリーンロードに旧西有家町北有馬町南有馬町、撤去されてしまいましたが加津佐町に存在していたようです。

イラストは県道47号のものと同じくみそ五郎のイラストです。果たしてこのイラストが国道251号のカントリーサインに起用されていたかわかりませんが、このタイプの南有馬町加津佐町のイラストは長崎県タイプで使用されていたことからその可能性は高いと言えるでしょう。

続いて、北有馬町ですが西有家町同様文字のみとイラストタイプの組合せ。残念ながらイラストの方は雨風によって剥げてしまいました。ストビューではまだ何とか残っていたのですが、西有家町同様剥がれかけていたので完全に剥がれる前に撮影に行きたいと思っていたのですが、時既に遅し‥‥

西有家町側だけでも残っていたのはありがたかったです。とは言っても、写真の通り剥がれかけているので完全に剥がれるのも時間の問題でしょう。撮影をされるならお早めにどうぞ。

因みに北有馬町のイラストですが、これも県道47号のものと同じく緑の下地に先まるくんのイラストが描かれていました。気になる方はストビューの方で見れますので、見てみてください。

さて、北有馬町まで来たということは南有馬町まで後少し。そして、本旅最大の目的である長崎県タイプのカントリーサインも旧南有馬町にあるもの。すなわち、楽しみが近づいているということです。そもそも、島原半島長崎県タイプのカントリーサインの情報が皆無に等しいため旧自治体どれくらいあったのか未知数なのです。わかってるのは、口之津町南有馬町加津佐町に存在したことと、北有馬町西有家町に通常サイズのイラストタイプがあったことくらい。

そんな中、南有馬町加津佐町長崎県タイプが現存すると言うではないか!!それは撮影に行かない手はない。こうして、島原行きは決まったわけで楽しみなのである。

そんなワクワクを抱きながら順調に進むこと数十分、ついに南有馬町域へ!

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(1枚目:雲仙グリーンロード 旧南有馬町境  2枚目:雲仙グリーンロード 旧北有馬町境)

この地点にもイラストタイプが設置されていた模様。残念ながら両者ともイラストは剥げています。。まあ、ストビューで予習した地点でもう剥げていたのでガッカリはしませんでした。イラストは、北有馬町はおそらく西有家町側と同じ先まるくんでしょう。

そして南有馬町のイラストはこれもストビューでタイムトラベルで確認できますが、この先紹介する長崎県タイプのものと同じイラストなのでそのとき紹介します。

ついに、目的地である旧南有馬町域へ突入!あとは加津佐町境界へひたすら進むだけ。なのですが、そのひたすらがなかなか厳しいもので、やはり自転車では上れないような登り坂が続きなかなか進めないのです。どうやら、レアなカントリーサインを簡単には撮影させてくれないようだ。それでも何とか撮影したいと言う思いだけで坂と格闘し島原駅から4時間かけ目標地点、南有馬町加津佐町の境界に到着したのである!!

続く

youmyan

5日間長距離遠征!2020 (島原編③)

こんばんは、youmyanです(^_^) 最近忙しくてなかなか更新できず申し訳ありませんm(__)m

早速前回の続きから、書いていきます!

雲仙グリーンロードをひたすら南有馬方面へ進めるyoumyan。最初は晴れて気持ちいいなあと呑気なことを思っていたのですが登り坂が徐々に。。先程の境界から進むこと15分、旧深江町布津町の境へ。

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(雲仙グリーンロード 旧布津町境にて)

なんと、島原市との境界のものとイラストが違うではないか!!何とも面白い!

イラストは深江町のキャラクター「六兵衛どん」だそう。昔、深江で食糧難だったとき六兵衛どんという人が、とうじ主食だった甘藷(さつまいも)を粉状にしたものをお湯でねってうどんのようにしてだしで食べるという画期的な方法を編みだし村中に広がり今でも「ろくべえ」という郷土料理として残っているようです。確かにさつまいももデンプンなので麺にできるんですよね!どんなものか一度食べてみたいですね!(今回は食べていない‥‥)

因みに布津町側は残っていません。何故深江側だけ残したのか謎です‥‥

布津町域に入った私は坂道も落ち着くだろうと読んでいた通りまあ、それなりに進みやすい道が続いていつの間にか旧有家町域に入りました。こちらも布津町同様有家町にを示す標識は撤去された模様。

しばらく進むとまた登りが始まったと思え下っての繰り返しの連鎖が始まった頃、旧西有家町域に。

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(雲仙グリーンロード 旧有家町境にて)

こちらは西有家町側だけ放置残っていました。英無し文字のみとショボいタイプ。有家町側は撤去されてしまいましたが、おそらく同様のタイプがあったのでしょう。

ここまで、駅から約1時間位で順調に駒を進めて来ましたが、この境界はを過ぎた辺りからなんと登り坂の攻撃が‥‥‥

それに加えて晴れたことによる炎天下という悪条件。。実はこの日、朝食を抜いてしまい途中コンビニで買えるものと思っていたのですがコンビニ自体が無い!

そりゃここは農道だもん。買い物は下町(海側)へ行けということでしょう。

流石の私もかなり体調がやばくなりそうだと思い、持ってきた水分と千葉から持ってきた茶まんじゅうで何とか応急処置を。それでも水分が足りなくなりそうでどうするか困っていましたが流石に自販機は点在していたのでスポドリを補充することができました。今回は本当に自販機にはお世話になりました。

電動自転車を持っていて登りを歩く。これはかなりバカバカしいもので、この先に行く場所に坂があることを知っていたためあまり電動を使いたくなくそのため炎天下の中重い自転車を引きずって登り坂を歩くのは地獄でした。実際、電動を使用しても太刀打ちできなさそうだったし‥‥

そんなことを2回歩いて登って下ってをしていくと、県道47号とぶつかりました。今回は雲仙グリーンロードの旧自治体のカントリーサインを撮影することが目的だったのですが、実は長崎県に旅たつ1週間前に事前に南島原市の旧自治体の境界を詳しく知るため合併以前のロードマップのコピーを手にしていました。そのとき何気に、旧自治体の境界をストビューで見ていたとき 「とんでもねぇ」 カントリーサインを発見してしまい急遽撮影に廻ることに。

それが現役バリバリの県道47号に現存するようです!しかし、その道もとんでもねぇ登り坂でして、グリーンロードの分岐点から旧境界まで重い自転車を引きずり歩くはめに‥‥ しかも天気が良いため日光が私から体力を奪っていく‥‥

「なあにが、サイクリング日和だ!!呑気にも程があるぞ!島原は私を殺しに来てるんだぞ! 」

と1時間前の自分に言いたい気持ちでした。

島原が私を殺しに来てるというのは実際間違った表現ではなく、危うく熱中症になりかけました。一番の原因はやはり朝食を抜いたことでしょう。水分はこれでもかという位飲みましたがけっこうきつく意識が朦朧としかけました。幸い、自販機のある日陰と座れる場所を見つけ、少し休憩をしたら落着き何とか気力が戻ってきました。また茶まんじゅうの糖分が循環し始めたのでしょうね。みなさんはyoumyanのようにはならないように気を付けましょう!!

途中休憩をはさみ実に歩くこと40分ついに例のとんでもねぇカントリーサインの元へ到着!!それがこいつらです。

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(1枚目:県道47号 旧西有家町境  2枚:県道47号 旧北有馬町境)

ななんと、長崎県に通常サイズのイラストタイプが存在していたのです!!全国的にはあまり珍しいタイプでは無いのですが、長崎県に関してはイラストといえば独自の大型の標識になるため標準サイズのイラストタイプが存在していたことにはとても驚きました!!おそらくこの地点以外長崎県ではこのタイプを拝むことができないでしょう。

それにしても、合併から14年以上経つのに良くもまあ残っていたこと。これが旧道とかなら合併前の自治体でも残るケースがありますが、現役バリバリの県道に残っているのは珍しいです。。とか書きますが、実際佐世保の旧自治体でも堂々と残っていますし、長崎では普通なのかもしれません。その割には雲仙市の旧自治体の県道では支柱だけ残して撤去されていますが‥‥

さて、イラストはと言うと北有馬町は「先丸くん」(次回の記事で詳しく紹介します)、西有家町は「高岩山のみそ五郎」です。みそ五郎とは巨人のことで、ようは西有家に古くから伝わる巨人伝説のことですね。そのみそ五郎は町のPRキャラクターとして使われていていたそうで、その時のロゴがこのカントリーサインにも使われているのでしょう。

さて、無事レアなカントリーサインを撮影でき満足した私は今旅最大の目的であるある長崎県タイプのカントリーサインへと向かうのだった‥‥

(因みに、この境界からグリーンロードまでの道は下りで快適だったのは言うまでもない。)

続く

youmyan

 

5日間長距離遠征!2020 (島原編②)

こんにちは!youmyanでございます(^_^)

前回の続きからお届けします。

島原鉄道愛野駅を出発して目指すは島原駅。レンタルサイクルを借りる駅である。因みに島原市でレンタルサイクルを借りれる場所として島原駅以外にも島原港島原城でも可能のようです。今回島原駅を選んだのは営業時間が8時からと早い上に18時までと遅くまで借りることができるということに他ならない。今日の予定では15時から雨の予報だったため朝早く出発してさっさと目的地へ行って帰ってこようという算段である。

愛野駅から45分位で島原駅へ到着。早速レンタルサイクルの手続きを済ませて旅をスタートです。

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駅を出た私の最初の目的は、南島原市島原市です。この境界は島原駅からあまり遠くありません。町を進むこと数分不安な出来事が発生。自転車のタイヤに違和感が‥‥ まさか、パンクか。。幸いパンクではないようですが空気圧がちょっと低くタイヤがヘコヘコしていたため急遽 島原港にて空気入れを貸してもらうことに。先程述べたように島原港の方でもレンタルサイクルをやっていることを知っていたため営業時間外ではあるものダメ元でお願いしたら快く貸していただけました。本当に感謝です!

空気も入れ改めて出発!(どうやら、この自転車はタイヤがへこむことによってパンクを防ぐタイプのものだったようだ‥‥)

最初の目的地 島原市南島原市境界の選択肢として国道251号、雲仙グリーンロード、そして国道57号の3択なのですがどれも違うタイプのカントリーサインが設置されているためどこから行こうか迷い、結果すべて廻ることに(笑) 迷ったらすべて行くのが私のポリシー。なかなか行けない島原半島を悔いのないように廻ることにしました。

国道251号の方は帰りに通る予定だったので先にグリーンロードと国道57号を廻りました。島原市街地から国道57号へ抜け今回の旅でお世話になるグリーンロードに入って記念すべき島原市南島原市カントリーサインを撮影。

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(1枚目:雲仙グリーンロード 島原市境  2枚目:雲仙グリーンロード 南島原市境)

ここ、雲仙グリーンロードは島原から南島原市加津佐を通って雲仙市の小浜まで、雲仙市の愛野から島原と島原半島を一周する広域農道です。

農道にも関わらずちゃんとした章入りのカントリーサインが設置されています!!嬉しいですね(*^^*)  

これにて島原半島の3市のカントリーサインは制覇です!!さてさて、国道57号のものと国道251号のものを撮影して駅へ引き返して島原観光を‥‥とは行かないんですよねえ。

まずはこの写真を見ていただきたい。

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(雲仙グリーンロード 島原市境にて)

こちら、先程紹介した南島原市カントリーサインの少し奥に設置されています。何と、旧深江町カントリーサインが残っているのです!!

実はこの雲仙グリーンロードには南島原市の旧自治体のカントリーサインがいくつか残っているのです!!しかも最終目的地では何とあの長崎県タイプが残っていれば撮影できる場所があるとのこと!!今回はこれが最大の目的なのです!!ただ、合併から15年以上経っているため撤去されている可能性が‥‥ なので、雲仙グリーンロードのカントリーサインの遺跡状況の調査が今回の目的です。

改めて、深江町カントリーサインを見てみましょう。この標識自体カントリーサインと呼べるものか微妙ですが、イラストタイプとして扱うことに。特産のメロンのようです。自治体名には英語ではなくひらがなが。

因みにこの独特のタイプ、雲仙市の旧自治体もグリーンロードにもあるようなので撮影してみてはいかがでしょう?(私は、撮影してませんが‥‥)

そもそも、島原半島は平成の愚の大合併をして実に16の町が消えてしまいその分のカントリーサインも消失してしまったのです。私としては非常に残念な話ですが、町の存続のために仕方がない選択だったのかもしれないと思うと複雑な気持ちです。

このあとはグリーンロードを南有馬方面に向けて進むのですが、先程述べたように国道57号へ寄り道を。先程の境界より少し進んだところを右に回り坂を上った先に国道57号の境界があります。

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(1枚目:国道57号 島原市境  2枚目:国道57号 南島原市境)
まず、南島原市を見ていきましょう。先程グリーンロードで撮影したものは章部分が紺色だったのに対し、こちらは文字と同じ青色。おそらく色褪せでは無さそうです。正式には紺色が正しいそうなので誤植‥‥(細かすぎっ!!)まあこれは見逃してあげようと思います。

ただ、この南島原市の最大の特徴、それは英文字が「Minami Shimabara」と南と島原市を分けていることにあります。これは国道57号雲仙市境界とここ島原市境にしか無く貴重なものとなっています。何故このようになったかは謎ですがこれと同じ例として山梨県南アルプス市も「Minami Alps 」というのもありますね。

お次は島原市。これはまた年期の入った文字のみですなあ。。かろうじて見えていますがもう消えかかってます。にしてもここは直轄国道なのに何故文字のみなのか不思議です。実際、国道57号の旧深江町(布津町境)に同様の文字のみタイプを設置していたことからこの地点の深江町も文字のみだったかもしれませんね。

さて、国道57号島原市南島原市カントリーサインを無事撮影した私は次の目的地へ向かうのであった。。

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(国道57号とグリーンロードの間の道で撮影) 

「てか、なんか晴れてるんですけど、、曇りと雨の予報はどこへ行った!!」

そう、冒頭で述べたように本日の天気予報はあまり良くなく実際前回の国道57号雲仙市諫早市カントリーサインの写真を見ていただけるとわかると思いますが曇りで残念に思っていたのですが、愛野駅から島原駅へ向かう際にだんだんと晴れていつの間にか晴れていたというわけです!長崎県タイプのごとく島原の青い空、青い海を見れるのがある意味楽しみにしていた私はこの待遇にはもう嬉しいです!!写真じゃ伝わりにくいですが、すごいきれいな景色でこれからのグリーンロードの旅は素晴らしいものになると胸を膨らませていました。

が、この晴れがこの先youmyanを苦しめる結果に‥‥続きは次回に!

youmyan

5日間長距離遠征!2020 (島原編①)

こんばんは!youmyanでございます(^_^) 引き続き不定期で長崎県遠征の続きを書いていきます。今回は3日目から。ではいってみよう!

・2020年7月18日

遠征3日目、本日は島原半島の方にある自治体とその遺跡群のカントリーサインを目指すことに。ただ、この日は天気予報が曇りのち雨と自転車を一部使うため少し不安でした。そんな中、旅をスタートさせました私は島原鉄道に乗るべく本諫早駅に徒歩で向かいました。

諫早駅にも島原鉄道は入っているのですが、島原駅方面の始発が本諫早駅だったので少しでも効率よくカントリーサイン撮影を行うために歩いて始発に乗ることに。

さて、諫早駅から本諫早駅へ向かう際に見覚えのある橋が!

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そうです!2日目の遠征で見た諫早市カントリーサインに描かれていためがね橋です!

諫早市のホームページの詳しい解説によればこの橋は約180年前に作られた石橋のようです。その昔諫早では中心部を流れる本明川でよく氾濫が起き川に架けてあった橋が破損してかなり不便な生活を送っていたそうです。飛び石という川に石をいくつもおいてそれを伝って渡ることで何とかしのいでいたようですが、幕府から使者が来ることになった際にこの川を渡る手段が飛び石しかないことを諫早市民は恥と思い、橋を架けることを決めたようです。「永久不壊の石橋」をつくろうとして長崎市にある眼鏡橋をモデルにしてできたのがこのめがね橋です。永久不壊の通り今まで一度も壊れたことがないそうです!すごいです!!

ただ、昭和の中頃に起きた本明川をはじめとする大氾濫の際に橋が丈夫な故に川の瓦礫とかを塞き止めていいわばダム状態になってしまい川の流れを大きく変えてしまったことにより大きな被害を出してしまったようです。

この事がきっかけで橋を取り壊そうという気運が高まったようです。しかし、市長が文化財として保存をすることを提案。これに対して市民は大激怒。被災でただでさえお金が無いのにどうするんだと言うことである。市長はこの市民の意見に負けること無く

「50年後の子孫の代を考えれば市の象徴であるめがね橋の保存が大事。」

と中央の政治家に対して働きかけて日本初となる石橋の重要文化財に指定されこの市長の思いが実を結んだのです。そして、前代未聞石橋の移設復元作業によって今に至るようです。(細かいことはこのサイトのURLを張っておきますので見てみてください。)

www.city.isahaya.nagasaki.jp

この橋の成り立ちや市長のエピソードが素晴らしかったので詳しく紹介しました。自然災害の遺構の保存、取り壊しはどうしても付き物で、災害の嫌な気持ちを思うと見たくない、一方で未来のためにこの事を語り継ぎ守りたいというのはかなりデリケートな問題で難しいものです。そんな中当時の諫早市長は市民の気持ちに抗ってまで橋を残す決断をしたのはすごいと思う。結果的、50年以上経つ現代においてこの橋を残すことは正解だったと思う。先人達が人々の暮らしを良くしようと英知の結晶を詰め込んだ橋がこうして現物が見れるか形で語り継がれることは未来に生きる私たちにいろいろ考えさせられるものがあります。一土木を学ぶ人間としてこの橋を見ることができてうれしい限りです。今回は公園内をあまり散策できなかったのでいずれのんびり訪れたいです。

めがね橋を後にすることを数分で本諫早駅へ到着しました。その途中面白いマンホールが。

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諫早市の旧市章がいっぱい‥‥‥

不規則に見えて実は規則的に並んでる。なんとも芸術的に見えてしまったyoumyanなのでした。

因みにこの旧章は諫早市の「イサ」を「イ」を3つ並べることで表しているようです。

さて、今回のメインの移動手段としてお世話になる島原鉄道さん。実は島原鉄道さんは鉄道だけでは無くバスやフェリーも運行しており、休日は何と2000円でどれも乗り放題!!

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何とも素敵な切符!実際諫早駅から島原駅を往復するだけで3000円位するため、とってもお得です。今回は、旅の日程に土日が含まれていたため実現できたことです。後々この切符が本日の旅をする上で切り札となってくれるとはつい知らずに。

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こいつが最初に乗る電車。その名も「さっちゃん号」。さっちゃんとは島原鉄道のキャラクターで外見がさっちゃんをイメージした塗装となっており、横にはさっちゃんが描かれています。この「さっちゃん号」は一両しか無くこの列車に当たればいいなあと思っていたのでラッキーでした。

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因みにこちらがさっちゃんについて書かれたテーブルです。さっちゃんは鯉なんだそうです。かわいいですね( 〃▽〃)

そんなさっちゃん電車は島原へとへと向かいますが私は島原へまではいかず途中下車しました。本諫早駅から電車で20分、愛野駅へ。もちろんカントリーサイン収集をするためです。

歩いて数分で目的地へ。

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(1枚目:国道57号 雲仙市境   2枚目:国道57号 諫早市境)

ここで章ラーの本業を発揮!昨日はイラストタイプの諫早市しか撮影できませんでしたが、しっかり章入りも撮影しないとシマりません(笑) 雲仙市もここで章入りを撮影。といって雲仙市の方は長崎県のイラストタイプは残念ながら無いので章入りを撮影できれば満足。

因みにこの地点は直轄国道なので章入りなのは言わずもがなですが、島原半島を一周する国道251号は何故かほぼ章入りで統一されています。合併前について詳しくは次回以降話していこうと思います。

あと雲仙市の方ですが、章の部分の配色紫じゃなくて水色が正しい気が‥‥ホームページや私が持ってる市町村章の図鑑では紫の部分水色になっていて市としてこれは公認なのか微妙なところです。他の地点のカントリーサインも紫だし、、どうなのでしょう??

これにて、愛野での活動は終わりです。続きは次回以降書いていきますが最後に愛野駅周辺で撮った写真を紹介します。

まずはこちら

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市境のモニュメントです。何とも独特だったので撮影。この境界はかつて愛野町だったため市町村境によくある「ようこそ〇〇へ」のモニュメントと同等のものでしょう。なかなか面白い。
続いて愛野町のマンホール。

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マンホールには「愛野町」ではなく「愛の町」と書かれているのも面白いですね。イラストには町の花のコスモス、町の木のケヤキ、そして町の名産であるじゃがいもの花です。じゃがいもの花をマンホールに描かれているところって珍しいと思います。愛野町長崎県タイプのカントリーサインはきっとコスモスかじゃがいも、「愛の町」関連のものが描かれていたのかなあ。どんなイラストだったか気になります。。

最後は愛野駅舎です。

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何とも奇抜!!まるで結婚式の協会を模しているところがすごい!「愛の町」らしさが出てます。

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屋根の十字架の部分が愛のキューピットの矢に。すごく凝ってますなあ。。

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そして駅前の顔をはめて写真を撮るパネル。結婚式の装飾をした新郎夫婦。駅舎が結婚式式場なので自然な流れです。しかし、注目すべきは新郎夫婦が持ってるもの。

「じゃがいも!」「ブロッコリー!」

あまりにもシュール過ぎてyoumyan笑ってしまった。おそらく特産だからでしょう。この感じ私的には好きです(^_^)

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駅プレートも愛の仕様でピンク色。他の駅はみな青なの愛野駅だけ特別扱いです。にしてもこういう仕掛けをしておもてなしをしてくるところ素晴らしいです。気に入りました!

なかなか濃い、いや愛の町だけに恋 駅をあとにして次なる目的地である本旅最大の目的であるカントリーサインを撮影へ向かうべく再び島原鉄道に乗るのでした。。

続く

youmyan

5日間長距離遠征!2020 (佐賀県再び編③)

こんばんは!youmyanです(^_^)

前回の続きから書いて行きます!

前回の記事で嫌道6号にある東彼杵町長崎県タイプを撮影し私は嬉野温泉へ戻りました。本日は東彼杵町長崎県タイプを撮影することが主な目的であったためほぼ活動が終わったも同然。翌日の遠征も自転車を使ってカントリーサイン収集の予定だったため少しでも楽に駒を進めるため今回はある秘策を試すことに。

その秘策とは体の疲れを少しでも取ることに他なりません。レンタルサイクルを魔改造して高出力の電動自転車にするこはできないですから、自転車の主動力 youmyan のアップグレードをするしかありません。

実際初日からけっこう歩いていますし、険道で坂にコテンパンにされ正直かなり脚がつらく明日へのサイクリングが心配でした。

何か良い方法は無いか探しました。あるじゃないか目の前に!ここは嬉野温泉街。温泉がわんさか湧いてるではないか!これなら足の疲れを取ってくれそうだ!

と言うわけで嬉野温泉で少しのんびりすることに。観光協会から温泉マップを頂いていたのでいくつもあるなかで今回は「御宿 高砂 旅館」の日帰り温泉に行くことに。

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こちらが、その高砂旅館の正面玄関です。見ての通り高級旅館の佇まい入るのに躊躇してしまいそうでしたが、たまたまおかみさんがお見えになっていたので話すチャンスができ温泉に入ることができました(^_^) 

さて温泉はどうだったかと言うと、とっっっても気持ち良かったです( 〃▽〃)  

というのも嬉野温泉は栃木の喜連川温泉と島根の斐乃上温泉と並ぶ日本三大美肌の湯であり肌に対する効能が特に良いとされる温泉でアルカリ単純泉であるもののかなりヌメヌメとしたのが特徴です。以前喜連川温泉に入ったことがあるのですが、この温泉もかなり気持ちのいい湯でして私が入った温泉の中でも断トツ1位になるくらいだったのでそれと同じくらい良い湯と称される嬉野温泉には期待してましたので、見事に裏切られること無くとてもいい湯でした!!

この旅館の温泉は川沿いの露天風呂でして川の音を聞きながらのんびり温泉に入るのは風情があるものでした。

日帰り温泉は800円とお手頃になっていますので、是非嬉野温泉に行かれた際には訪れることをおすすめします。

温泉に入りリラックスしたところで昼食を取ることに。自転車で嬉野温泉名物の湯とうふを食べるため出発したのですが、なんとさっきの脚の痛みが嘘のように楽に!!ペダルを漕ぐ脚が軽いこと軽いこと!温泉の力はかなり効力があったようです。

さて、湯豆腐が食べられるお店ですがこれも観光協会の方からからマップを頂いていたので気になったお店に行くことに。

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チョイスしたのは「月 創采膳」さんです。こちらがお店の正面です。またもや、高級そうなお店に来てしまいましたが、850円でお手頃に食べられる湯豆腐のランチがあるとのこと。もちろん私はそれを注文することに。待つこと数十分くらいおまちかねの湯とうふランチが来ました。それがコチラ!

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かなりのボリュームでしょ!これで850円は安いです!!

お味はと言うとこれもとてもデリシャスです!!

湯どうふといえば昆布のだしにお豆腐を入れて食べるものだと思っていましたが、温泉を使っているため豆腐が溶けるために一部豆乳になり残った豆腐もとても柔らかくなるのが嬉野温泉の湯どうふだそうです。嬉野温泉では江戸時代から評判がよくその名を轟かせていたようです。

味も私が知っているお豆腐よりも甘味が多く感じられました。また、このお店では湯どうふの薬味として味噌ゴマだれが使われていてこれも温かいお豆腐とマッチして美味しかったです!!ゴマ味噌ダレにお豆腐がマッチすることも大発見でした。小鉢の前菜ももちろんおいしくいただき大満足です。

是非またいきたいです!!

このあとカントリーサイン収集を終えるにはまだ早い時間だったので私はもう少し進軍することに。嬉野温泉を後にした私は武雄温泉駅へバスで向かいました。

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武雄温泉駅へは1時間位で着きました。武雄温泉駅九州新幹線の長崎フル規格の起点で丁度改良工事が進められていました。なので駅構内はとても綺麗で線路では工事が続けられていました。暑いなか本当にご苦労様です。

私は武雄温泉駅から上有田駅へ行き有田町のカントリーサインを撮影することにしました。

上有田駅に着いて歩くこと数分で狙っていた場所へ到着しました。

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(1枚目:国道35号 武雄市境  2枚目:国道35号 有田町境)

有田町は未撮影自治体なのですが丁度逆光であまり綺麗に写真が撮れないのはなんとももどかしい。一応、それなりのは撮れましたが再撮影かなと。武雄市は前回の遠征で撮影済みですがこの地点でもしっかり撮影。この地点は直轄国道であるため、山内町時代から章入りでした。

目的の有田町のカントリーサインを撮影した私は上有田駅へ戻り早岐方面の電車を待つのですが、タイミング悪く2時間待ちに。。駅近くに有田焼の最大の販売ショップ「丸兄」さんを除くことに。有田焼のデパートと称するように店内にはたくさんの有田焼が!有田焼は日本で陶磁器の発祥と言われており、綺麗な絵が描かれたお皿や壷をはじめ、湯のみや箸置き等といった食器類も豊富に取り揃えていました。私はお玉が自立するお皿を購入しました!!

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これがお玉を自立させるお皿。なんとも画期じゃないですか!お料理する際お玉を避ける時どうしても横においてしまい面積をとってしまうため邪魔になりやすくそれを解消してくれるお皿!味見用のお皿としても活躍してくれそうです(^_^) 良いお買い物をしました。

有田焼のデパートを後にした私はそれでも時間が余っているためどうしようかと思った時駅に戻ると何やらカフェを発見!しかも「粉雪」とやら気になるものが。せっかくなので入ってみることに。

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上有田駅の隣にあるその名も「駅カフェ SARAYAMA」。粉雪と言う謎の食べ物を専門に扱うカフェのようです。

中に入ってみると昔ながらの駅舎を使ったオシャレな店内になっていました。壁には上有田駅有田駅の沿線を再現したNゲージジオラマがあり、これがまたよくできているのですよ。

さて、粉雪は何か気になるところですが軽食(ランチ)が食べられるとのことで早いですが夕食がてらいただくことに。

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嬉野茶をそのままふんだんに使用したパスタとお茶のスープです。

お茶の葉を大胆に使ったパスタはベーコンとにんにくとのシンプルな味にちょとほろ苦いお茶の味とマッチしてとてもおいしかったです。お茶の葉の使い方としてお茶を出すだけではないんだなと思いました。渋味が少ない嬉野茶だからできることなのでしょう。

また、お皿やマグカップもオシャレな有田焼でポイントが高いです。

食事も終わり本題の粉雪を頼むことに。

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こちらが粉雪のミニサイズでイチゴのソースがかかったものに(写真とるのが下手くそやな‥‥)

粉雪とはいわばかき氷のようなもので、削るのが氷ではなく特別に凍らせたミルクアイスを専用の機械で削ったもので見た目が粉雪のようにフワフワなので粉雪と呼ばれているようです。このカフェではこの粉雪を専門に扱っており、私が食べたものよりもっと大きいものがいろんな味で販売されています。

味は甘いミルクアイスなのですが、あまりにも柔らかく口の中ですぐ溶けてしまいなんとも不思議な感じがしました!!どうやらこの粉雪は韓国が発祥で日本ではこの上有田以外では食べられるところが少く日本では粉雪の先駆けとなっているようです!!

カフェのオーナーさんがまた気さくな方でいろいろお話ができてとてもいい時間を過ごしました!私がたまたま訪れたとき地元の常連さんのお子さんを連れた方もいらっしゃっていて、その方の小さいお子さん(男の子)がまた可愛くって癒されました( 〃▽〃) 車や電車が好きなようで私に車のおもちゃを持ってきて見せてくれたりかくれんぼしたりなかなかないふれあいの時間を過ごすことができました!有田町のカントリーサインも綺麗に撮影できなかったので再訪するか迷ってましたが、こんな素敵な場所があればまた行きたくなっちゃうじゃないですか!

そして1時間以上あった待ち時間もあっという間に過ぎ電車がきて、早岐方面へ向かいました。最後カフェのオーナーさんと常連親子さんが駅で手を振って見送ってくれました。見ず知らずの人にここまでおもてなししてくれる。何か温かいものを感じました。いろいろありがとうございました。また遊びに行きます!

上有田駅から次へ の目的地を三河内駅設定。三河内駅へは数分で到着しました。

ここから少し歩きます。やはり温泉の力は侮れなく、歩くのがとても楽でした。やはり温泉に入ったことは正解のようです。

道中こんな珍しいものが。

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なんと白地の108系標識が!私はあくまでもカントリーサインが専門なので他の道路標識はよくわかりませんが、白青が逆転しているタイプはあんまりこのタイプをみないというかはじめて見たので珍しいと思います。地元茨城県国道245号の106系にに似たやつで白青反転のは見たことありますが‥‥他にもあったとは。

そんな珍しそうな標識が私の獲物ではありません。もちろんカントリーサイン以外ありえません!トコトコ歩くこと30分ようやく境界へ到着。

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(1枚目:県道1号 佐世保市境  2枚目:県道1号 波佐見町境)

ここへは波佐見町佐世保市長崎県タイプを撮影に。波佐見町佐世保市長崎県タイプはそれなりに設置しているようなのであまり珍しくはないですが、今回はここが唯一の撮影ポイントになりました。

イラストを詳しく見てみましょう。

まず、波佐見町から。イラストは波佐見焼とハサミックです。波佐見町は有田町同様焼き物が盛んのようで波佐見焼として有名です。またハサミックの本来の色は黄色です。(佐世保市カントリーサインの写真に写っている)。このキャラクターは波佐見温泉の湯気と波佐見焼きをイメージし、目は窯焼きの炎と農業の色を表しているようです。どうやら昔に使われていたようで、町のキャラクターではないそうな。

続いて佐世保市。イラストはハウステンボスと島々です。この大きく描かれた花が一体何の花かわかりません。おそらくハウステンボスの名物のチューリップなのではと思うのですがちょっと見えないですよね‥‥佐世保市ですが実はハウステンボスのイラスト以外に九十九島のサンセットが描かれたタイプと2種類ある珍しい自治体なのです!今回私は九十九島バージョンは撮影してないですがいずれ撮影に行きたいです(^_^)

これにて本日の活動はしゅーりょー! 三河内駅へ戻り早岐を経由して諫早に戻りました。

翌日3目、天気予報は曇り雨と微妙な天気ですがあの半島へ行くことに。今回の旅でかねてから一番撮影したかったやつを思わぬ形で実現することに!!

さて、一体どうなるのでしょうか?

続く 

youmyan

5日間長距離遠征!2020 (佐賀県再び編②)

深夜にこんばんは!youmyanです(^_^) 昨日うっかり昼寝をしてしまい眠れないのでブログを更新をすることに。。

例によって前回の続きから書いていきます!

遠征の2日目、最初のカントリーサイン撮影を終え肥前大浦駅に戻り、次の目的地である嬉野温泉へ向かうべく肥前浜駅へ。

肥前浜駅から嬉野温泉へ行くには路線バスを使うのですが、時間設定をタイトに設定しておりしかもバスが通るバス停が駅から離れているため走る羽目に。。駅に電車がついてドアが開いた瞬間からマラソン。昨日から今朝まで合計で10km以上歩いているため歩く慣れよりも疲労の方が勝りしときつかったです。。

必死に走ったお陰でなんとかバスに乗ることができ、無事嬉野温泉へ向かいました。

さてこの路線バスは昨年度カントリーサイン撮影で訪れた国道498号を通るルートで嬉野温泉へ向かいました。

lovecountrysignsyou.hatenablog.com

↑の記事はそのとき書いたものです。

私は鹿島市からバスに乗っているため嬉野温泉の所在地である嬉野市へ行くということは市境を跨ぐことは必須条件です。先述で国道498号と言ってることで市境は昨年度通った国道498号で通過するということは察していただけたと思います。

何故、ここまでこの地点の境界を引っ張るかと言えば、昨年度は無かった変化が起きていたからです!!ただし、残念ながら写真はバス乗車中だっため撮影できなかったこと何ぞとご容赦くださいm(_ _)m

さて、どんな変化があったか簡単にご説明します。

・昨年度時点:鹿島市→非設置  嬉野市嬉野市塩田町Ver.

・今年通った時:鹿島市→章入り  嬉野市→章入り

なんと鹿島市で章入りが新に新設されていたのです!!佐賀県は先程上げた昨年度の遠征記事に書いてある通り章入り王国なのですが、何故か鹿島市に限って非設置箇所が多く章入りは佐賀県内ではかなり後に設置されたようなのです。前回訪れた際には国道498号(嬉野市境)、国道444号(白石町境)は未設置だったので今回の発見はうれしいものです。もしかしたら国道444号の方も設置されたかもしれませんね!因みに形式は県道41号に設置されているものと同じです。

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 (県道41号 嬉野市境にて2019年8月に撮影したもの)

驚くのはこれだけじゃないのです!なんと嬉野市側も取り替えが行われていたのです!!

昨年度は先程から述べてます佐賀県遠征にて紹介しているような嬉野市塩田町と書かれた独特のタイプが設置してありました。

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(国道498号 鹿島市境にて2019年8月に撮影したもの)

↑こちらですね。しかし、今回の遠征で通った際には鹿島市側と同じような嬉野市章入りタイプが設置されていました。おそらく鹿島市側を設置した際に取り替えた模様ですが何故そうしたのかは不明です。今回の遠征で県境の太良町の対応や鹿島市の対応の発見は佐賀県カントリーサインの更新に積極的であることを知ることができ、あわよくば佐賀県唯一章入りが存在しない玄海町でも何か変化があるのではないかと期待が膨らんだものでした。今回はあくまでも長崎県がメインであるため玄海町の方やその他佐賀県の地点は調査していないですが近い将来調査したいなと思っています。

長崎県がメインだとか言ってよ、佐賀県でのんびりしているじゃないか!しかも温泉だと?!」と聞こえて来そうなのでそろそろ本題へ。もちろん嬉野温泉へ行ったのは長崎県の激レア(SSR位)なカントリーサインを撮影するためです。何故、長崎県側からアプローチしなかったかといえば場所が峠にあり徒歩では到底厳しい上に長崎県側県境までの道のりがかなり厳しいとのこと、また麓で一番近く貸し自転車を受けれるのが今向かっている嬉野温泉ということもあり、佐賀県側からアプローチすることに。(前々から日本三大美人の湯である嬉野温泉にとても入りたかったというのも理由のひとつ。)

バスで揺られること約1時間で嬉野温泉観光協会へ。早速自転車を借り目的地へ向かいました。

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空もからっと晴れてサイクリング日和になりました(^_^) 観光協会の方がここまで晴れたのは本当に久しぶりだとおっしゃっていたので、この日の段取りを組んでラッキーだなと思いました。そもそも天気予報では遠征の日程である7月16日~20日まで雨予報だったため自転車で回る日程をどうするか悩んでいて特に今回目指す場所はバスも極端に無く今回は諦めるかと思っていたので晴れて本当に良かったです!

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観光協会から自転車を走らせること数分、例のカントリーサインが設置されている路線 険道 6号(大村嬉野線)に合流。あとはひたすらこの路線を大村方面を走れば良いという訳です。いつも近道をするために複雑な工程が多いため今回はシンプルで楽です。写真は県道から見たカントリーサインのある場所を眺めたものです。赤丸してある場所より奥に県境はあるようです。。(うん!かなり高いところにありそうだ!)この時私はそこまで大変な峠道ではないだろうと思っており、気合いと根性で行けるとばかり思っていました。

しかし待ち構えていたのは登坂地獄と灼熱地獄でした。私が想定していたのは登坂と平地の連続で多少は自転車を押して歩くことは覚悟していたのですが、ビックリするほど勾配がきつくほぼほぼ自転車を押して歩く羽目に(T_T) しかも、快晴だったため太陽の日差しが体力を奪っていき何度も挫折しそうになりました。。

 

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道中でこんなものを。12%の登り坂って。。こんなの見せられたらやる気なくすよ。。私が今まで実際に見た注意標識のなかで10%が一番の急勾配でしたが、あっけなく塗り替えられました。。それでもなんとか坂と格闘すること1時間半ようやく県境付近へ。

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県境付近はこのような開けた平地になっておりお茶畑が一面に広がってます。そしてついに死にそうな思いをしてまで撮影したかった激レアなカントリーサインとようやくご対面をしました!

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(県道6号 佐賀県嬉野市境にて)

こちらがその激レアなカントリーサイン!って草木に侵食されてるうう!!何てことを‥‥‥ここまで苦労して来たのにそれはないよ(涙) まあ、なんとかイラスト部分が見えているので良しとしますが、やっぱり夏だと草木に埋もれてしまいがちのカントリーサイン。特にここはあまりにも長崎県からはかなり険しい道を通らなくてはならず不便な場所にあるためあまり手入れがされにくいのでしょう。

何故、この地点にこだわるのかと言えば、長崎県タイプの東彼杵町カントリーサインはここにしかなくどうしても長崎県タイプの東彼杵町を撮影したかったらです。そもそも東彼杵町国道34号以外に県道で境界を跨ぐのはこの県道6号しかなくこの県境のみがイラストタイプが設置されているようなのです。もっともこの県境の先に大村市境がありますがなんのタイプのカントリーサインが設置されているのかはストビューがないため確認できていないですが、、本当は調査に行きたかったのですが、長崎県側の方が佐賀県側より道が険しいということはわかっていてかつ佐賀県側でも登りが相当きつかったことを体で体験したばかりだったためおとなしく嬉野温泉方面に戻ることに。どちらにせよ東彼杵町カントリーサインがこの有り様なので再撮影は確定事項なので何で行くかは未定(少なくても自転車は嫌よ)ですがそのときにでも大村市境側を調査しようかなと。

因みに東彼杵町のイラストは初日に撮影した長崎自動車道のもの同様「そのぎ茶」ですね。厳密に言えば、そのぎ茶の段々畑と大村湾です。この辺は嬉野茶を含め良質なお茶がとれるようです。嬉野茶、そのぎ茶どちらも飲みましたが他の緑茶より甘く渋味が全くないという点で人気のお茶なんだなと思ったほど。とてもおいしくいただきました(*^^*)

さて、佐賀県側のカントリーサインもちゃんと紹介しましょう。

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(県道6号 長崎県東彼杵町境にて)

こちらは先程紹介しました嬉野市塩田町の嬉野町Ver.です。どうやら塩田町タイプと嬉野町の2タイプがちゃんと存在しているようです。国道498号の嬉野市件があり通常の嬉野市に交換されていないか心配でしたがちゃんと健在していました。まあ、東彼杵町のものとは違ってここにだけしか無いものではないですが今回の旅工程上ここしか嬉野町タイプを撮影する機会が無かったため良かったです。

とりあえず撮影したかったカントリーサインが撮影できて満足したので嬉野温泉へ戻りました。帰りは行き苦労して登って分下り坂が待っていたので超楽に戻ることができました。所要時間なんと20分!これでどれだけ厳しい登り坂だったかお分かりいただけますよね?

そんなこんなんで、嬉野温泉へ戻った私は今回の旅を順調に進めるための作戦?を遂行するのであった。。

続く

youmyan

5日間長距離遠征!2020 (佐賀県再び編①)

 こんにちは、youmyanでございます(^_^) 長崎県遠征の続きから書いていきます!

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・2020年7月17日
長崎県カントリーサイン収集2日目。天気予報通り超快晴!私は諫早駅から始発に乗ってある場所へ向かいました。

写真は諫早駅のものです。現在九州新幹線の開通に向けて大改修工事をしており新しい駅舎がちらりと見えております。今回の遠征ではよく新幹線長崎ルートが見える場所を通りましたが、かなり完成しており新幹線で長崎県へ行ける日が近づいているなと感じさせられました(*^^*) 

話がそれてしまいました。始発に乗ること30分。最初の目的地の最寄りの駅、肥前大浦駅に降り立ちました。

「えっ、肥前大浦駅佐賀県じゃん!長崎県遠征なのにどうして!」とお思いの方もいらっしゃるかもしれません。実は今回佐賀県を訪れた理由には長崎県のレアタイプが県境にありそれを撮影するためには佐賀県からアプローチする方が便利ということがありまして、そのついでに佐賀県の未撮影自治体を撮影ができるということがあり長崎県遠征と言いながら佐賀県に来たという訳です。

最初の目的地のカントリーサインも実はここ一ヶ所しか設置していないレア物でしてそれを撮影しに来たわけです。駅から30分歩くこと県境へ到着しました。

しかし、ここで想定外の出来事が佐賀県側のカントリーサインに起こっていました!!

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(国道207号 長崎県諫早市境にて)

なっ、なんということでしょう!章部分が みどりぃい!!

しかも佐賀県の方はシンボルマークになってるし‥‥‥

この地点のカントリーサインはこの写真のように訂正される前は青色の章で佐賀県側も佐賀県章だったのですが章部分が海風の影響で消えかかっていたらしくそれで新しく章を取り替えた模様です。ただ、何故か佐賀県章ではなく佐賀県のシンボルマークに‥‥‥

実はこの地点を選んだのも佐賀県章タイプが撮影したいということもあり、多くの地点で写真のようなシンボルマークだったり県章タイプだとしても誤植だったりと正規の佐賀県章タイプが少ない中この対応は(私にとって)ひどいです(T_T)

今回は撮影に行けてないですが国道34号、202号に正規の佐賀県章タイプが存在しますがどちらも赤色なので国道207号のがシンボルマークタイプに変更したことにより青色の佐賀県章タイプは絶滅してしまいました‥‥何とも切ない‥‥

(追記:佐賀県章タイプは国道208号と県道17号(ただし、自専道)にも存在するようです。)

そんな想定外でありましたが、未撮影自治体であった太良町の章入りタイプがゲットできたので良しとしよう(^_^)

さて、佐賀県の話はこれくらいにしておいて、今回の「レア物」は長崎県側であり、そちらは見たところ問題は無さそう。では紹介しましょう!

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(国道207号 佐賀県太良町境にて)

この大型イラストタイプこそが前回の記事で書きました長崎県タイプのカントリーサインなのです!!

基本的に私のブログでは章入りタイプばかり紹介してしまい(まあ、私が章入りタイプが専門だったので仕方ありませんが)「カントリーサイン」の名の原点である北海道の様なイラスト入り市町村標識をおろそかにしてきました。だが、ついにイラストタイプのカントリーサインをこのブログでバンバン紹介する時代がやって来たのです!!その最初のカントリーサイン長崎県タイプ。

一見して、北海道や大分県で見られるようなカントリーサインと変わりが無いように見えますが他県の大型イラストの配色がカラフルであるのに対し長崎県タイプはイラスト部分の配色が基本的に赤、水色、緑の3色(稀に青、黄色、紫がありますが)で統一されており、イラストの背景が水色で空や海を表していることが多いのが特徴です。

この水色をやけに強調してくるのには理由があり、長崎県章の説明で長崎県章が水色な理由を「長崎県の明るい海と空を表している。」としていることから、大半を海で囲まれている長崎県の象徴としてイラストにも多く水色が使われているものと考えられます。言っちゃえば長崎県のイメージカラーなのかもしれません。

そんな素敵な長崎県タイプのカントリーサインですが、「長崎県」の長崎県タイプはここ一ヶ所しか存在しない(他の箇所は章入りが主流)ということが今回ここを訪れた最大の理由です。では、長崎県及び諫早市長崎県タイプについて詳しく見ていきましょう!

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まずは長崎県Ver.から見ていきます。イラストは県の鳥の「オシドリ」と長崎県章が描かれています。本来ならオレンジや茶色といった色を使うのでしょうが、赤、水色、緑の3色でイラストを表す長崎県タイプはなかなか独特ですが違和感があまり感じられないという点ですごいなと思います!!もはや、芸術の作品だと私は勝手に思っています。実物を見せられちゃ存在する長崎県タイプすべてコンプリートしたくなるじゃないですかぁ!!何とも長崎県は嫌らしい(いい意味で)

実はこの長崎県カントリーサインは全国的に珍しい点がもうひとつありまして、英表記をご覧いただくと「Nagasaki Prefecture」となっており注目すべきは「Prefecture(県)」がフルバージョンで書かれていることです!

基本的にカントリーサインにおいて村(Village)や都(Metropolitan)のように長い物は「Vill.」Met.」と省略されることがほとんどで県(Prefecture)も「Pref.」と省略され表記されています。

実際「Village」のフルバージョンはそれなりに設置されていますが、「Metropolitan」、「Prefecture」のフルバージョンはそもそも見たことがなくせいぜい「Metr.」「Prefe.」が最長だったためフルバージョンの「Prefecture」は激レアであり全国でここだけのものと思われます!(まあ、すべての県境を調べた訳ではないですが‥‥)

(追記:「Prefecture」のフルバージョンは国道3号の鹿児島県もそうらしいです。)

いろいろと珍しい長崎県長崎県タイプ。他の県境にも設置すればいいのにと思うのですが何故かそうはならないのですよね‥‥‥

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続いて諫早市Ver.です。イラストは、諫早公園にある眼鏡橋ツツジです。眼鏡橋のある諌早公園では毎年4月のツツジが咲くころに諌早ツツジ祭りが開催されきれいなツツジが見れるそうです。

www.nagasaki-tabinet.com

こちらに詳しく載っています。私も次の日諌早公園を訪れましたが当然ながらツツジは咲いておらず植木の緑だけがありました。是非春にも訪れたいです。

さてここをあとにして近くの県境(おそらく国道207号の旧道)にもちょとレアなカントリーサインを設置していたことを予習していたので訪れてみました。

が、しかしその予習していたレア物が別のレア物と変貌を遂げていたのです!(またもや想定外‥‥)

それがこちらです!

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(市道 佐賀県太良町境にて)

いかにも新しいカントリーサイン。最近設置されたようです。実はこの地点にはかつてA型と呼ばれるいわゆる激レア白看板の長崎県が設置されていたのですが残念ながら新調されたようです。まあ、すでに焼おにぎりならぬ焼き蒲焼き状態でボロボロだったのでいつ撤去されてもおかしくなかったのですが撮影できず非常に残念です。

ただ、新しく設置されたやつもなかなかおもしろく、県と市名が一体となっているのはかなり珍しく、長崎県ではここのみにしかないでしょう。個人的にはここで章入りが設置されれば面白かったのにと(笑)

これにてこの地点での活動は終了し肥前大浦駅に戻り電車で次なる目的地へ向かうのであった。

続く

youmyan

5日間長距離遠征!2020 (大村~佐世保編)

こんばんは!youmyanでございます(^_^)

今週から淡々と書きはじめた長崎遠征の模様。大変お待たせいたしました。今週から主役(カントリーサイン)のご登場です!

では前回の続きからいってみよう!

長崎空港から大村駅に着いた私はカントリーサインを収集するべく大村線松原駅に向かいました。

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(大村駅駅にてYC1)

長崎県で最初にお出迎えしてくれた電車が今年の春にデビューしたばかりのこいつ「YC1」。大村駅で待っている間「YC1」デビューのポスターを見つけていて、せっかくなら乗ってみたいなと思っていた時にこの待遇はうれしいものでした!

内装は一言でいえば関東圏には無いおしゃれな落ち着いたものでした。蛍光灯ではなく電球のため暖かい感じの列車でした!

電車で揺られること数分で目的地である松原駅に着きました。カントリーサインは少し先にあるため歩くことに。テクテク歩くこと20分で記念すべき長崎県の初撮影のカントリーサイン設置場所へ!

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(1枚目:国道34号 東彼杵町境  2枚目:国道34号 大村市境)

王道である章入りタイプをパシャリ!章ラーとしてはやはり外せません!ただ、大村市側に何やらシールみたいな物が貼ってあり残念です(T_T)こ

ういうイタズラはやめてほしいものです‥‥‥

ここで長崎県カントリーサイン事情についてざっくり解説。長崎県には主に2タイプ設置されており、1つ目が先程紹介しました全国共通の章入りタイプであり主に直轄国道(国道34号や205号など)に設置されています。故に例外はありますが基本的に直轄国道が通らない自治体では章入りはみることができません。2つ目が長崎県独自で設置された大型イラストカントリーサインです。北海道に設置されているものと形式的に同じものと考えて下さって結構です。ただし、一ヶ所だけ長崎県独自の形式を取っている点があり後程写真が出てきた際に詳しく紹介したいと思います。これはある程度の自治体で見ることが可能で離島である、五島列島対馬壱岐島などにも1島複数の自治体を抱えていた時代にしっかり設置をしてあるという徹底ぶり!(現在も旧自治体の境界に残っているものもあるようです。)ただ、残念なのは全市町に設置をしていないというところですね‥‥何とも中途半端。。

という訳で話を戻すと、国道34号直轄国道故に章入りという訳です。また、大村市長崎県タイプが存在しない自治体でもあります。

さて、今日のカントリーサイン収集はあと一ヶ所あるため松原駅に戻ります。が、その前に寄り道♪

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(長崎自動車道 大村市境にて側道より撮影)

近くに長崎自動車道が通っていて事前に東彼杵町側は撮影できそうなことがわかっていたため撮影。イラストはそのぎ茶ですね。ただ、ここまで来る道がかなりの坂道でした。

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(国道34号から長崎自動車道までの中間地点で撮影)

この写真でお分かりいただけるでしょうか?小さく見える道路が国道34号で私がさっきまで歩いてた場所です。かなりの高いところにあるため坂がきつかった印象。。

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(国道34号からみた長崎自動車道の高架橋)

今度は国道から見えた丁度カントリーサインが設置してある長崎自動車道の高架橋です。よくあそこまでたどり着いたなと思います(^_^;)

えっ、これで何が言いたいかって?

「標識ごときのためになにやってるんだ?バカじゃないの!」

と自分でもツッコミたくなります。標識を撮影するために疲れることを厭わないとはバカなことしてるなと不意に思うことがあります。。

でもこれがやめられないんだよなぁ!!(もはや中毒レベル)

という訳で軽い登山を終え松原駅に戻ってきた私は次なる目的地である小串郷駅へ電車で向かいました。

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小串郷駅に着いた私はテクテクと目的地へ歩くこと25分位、カントリーサインのお出ましです!

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(1枚目:国道205号 佐世保市境  2枚目:国道205号 川棚町境にて)

こちら国道205号も直轄国道のために章入りとなっています。実は川棚町は国道205号のこの地点と反対側の東彼杵町境の2箇所にしか設置されていないため貴重なものとなっています。

佐世保市川棚町の章はそれぞれの自治体名のカタカナを図案化しており、佐世保市はひし形に「サセホ(ボ)」、川棚町は円の中に「クワタナ」と何とも粋な章‥‥‥って「クワタナ」って何よ!「カワタナ」じゃないのかよ!

何と誤植発見です!誤植警察出動!ウ~~ゥ!

実際正式な章はちゃんと「カ」になっています。なのでこのカントリーサインは誤植確定です。にしてもたたでさえ川棚町カントリーサインの設置が少ないのに誤植はひどいです(T_T) 

(後日談、この事について問い合わせてくださった同じ愛好家さん曰く8月下旬頃には対応してくだるそうです!)

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(川棚町章についての解説。 私の手書きですので見づらいかもしれませんがご了承ください。) 

これにて初日のカントリーサイン撮影を終え、小串郷駅駅に戻りました。今回は諫早の方にホテルをとっているため諫早駅まで戻ります。

最後に小串郷駅で待っている際に撮った写真をいくつかご紹介しましょう。

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小串郷駅は天を見ればつばめが巣を造り、地を見ればカニカニ歩きを(笑)何とも微笑ましいです(*^^*) いかにも自然と共存とはこの事です。都会に住んでるとこのようなちょっとしたものにも心が喜びます。

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(小串郷駅ホームにて)

小串郷駅で撮影した夕焼けです。とても綺麗だったため撮影してしまいました。20時近いのにまだ明るいのは九州ならではです。本当にこういう素敵な風景で心が浄化されました!

これにて活動を終了し、電車で諫早に向い2日目と続くのであった。

続く

youmyan

5日間長距離遠征!2020 (はじめまして!長崎県編)

こんにちはyoumyanでございます(^_^)

前回の続きから書いてきます。

・7月16日

私は成田空港へ向かうべく最寄りの京成本線の駅から旅をスタートさせました。このようなカントリーサイン収集の旅は基本的に始発の早いJR線から始めるのですが、前回お話したように飛行機で長崎へ向かうためそこまで早く家を出る必要がなかったため京成電鉄を使って成田空港に行くことにしました。

しかし、素直に本線で成田空港に向かうのだと面白くないと感じた私はまず成田空港方面ではなく京成高砂駅へと向かいました。

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今回は成田空港に行くにあたって成田スカイアクセス線を使ってみたくてわざわざ遠廻りして行きました(^_^)

私は鉄道が特段好きな訳では無いのですが、成田スカイアクセス線は一度も乗っていなかったためどんなものなのか気になっていて、またこの写真の車両3050形にも乗ってみたいなと思っていたのでこの機会に乗ってみることに。

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座席にはこのような飛行機がたくさん描かれていていかにも空港アクセス用だと思わせるものでした。
(実はこの座席をみるのが目的だったり‥‥‥ )

また、かなりのスピードで走っていたことにビックリしました。京成本線経由だとどうしても速度が出せず東京から成田空港への移動時間の短縮が出来ないとかで作られたのが成田スカイアクセス線です。まさしくそれ相応の速さで空港へ到着しました。

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成田空港第2ビル駅に着いた私はお隣の第3ターミナルへ向かいました。

第3ターミナルは最近できたもので、駅が無いため第2ターミナルから歩きか無料バスで移動しなくちゃいけなくてちょっと面倒です(^_^;)  

さて、少し余裕を持って来たためチェックインまで時間があったのでカフェテリアで読書をして時間を潰しました。このカフェテリアですが空港とは思えないほどおしゃれなことに空港は単に飛行機を乗るための場所じゃなくて過ごせる場所として機能しているのだなあと感じました。(残念ながら写真は撮っていません‥‥)

あっという間に飛行機のチェックインをする時間になり無事搭乗口までたどり着きました。

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こいつが今回 私を長崎へ運んでくれる飛行機のようです。成田空港-長崎空港の就航しているLCCはピーチとジェットスターの2つがあり今回はコロナの影響でジェットスターの方は運休だったためピーチを選択しました。

飛行機に搭乗していざ長崎へ!

因みに飛行機内はコロナの対策のため隣の席を開けて座れたため快適に過ごせました(^_^)

成田空港を経ってから約2時間ほどで長崎空港へ到着しました!

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飛行機を降りて空港内で最初にお出迎えしてくれたのがこのイラスト。
「あれ?蛭子さんの絵じゃない?」と思ったら案の定 漫画家 蛭子能収さんが描いたものでした。確か出身が長崎県だったと思うのでそのご縁で描いたものだと思われます。

にしても丁度アルツハイマーで騒がれていた蛭子さんだったので何ともタイムリーな‥‥

ローカル路線バス乗り継ぎの旅をよくみていた私からすると蛭子さんは身近な存在でしたのでアルツハイマーになられたのはショックです。少しでも進行が進まないことを祈るばかりです。。

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(長崎空港からみた九州本土)

さて、空港を出ると目の前は海が広がっており九州本土が見渡せます。天気はやや雲が多いですが雨は降っていないので良しとしよう。

長崎空港に着いたのが14時過ぎ位でしたが、長崎は日没が遅いということでこの日もカントリーサイン収集をいそいそと始めることにしました。

まず向かったのが大村駅。空港からバスが出ているようですが、折角なので歩いて行くことに。

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(県道38号箕島大橋から九州本土をみたもの)

この箕島大橋ですが長崎空港と九州本土を結ぶ重要な橋でとても景色のきれいな場所にありこの橋は是非歩いてみたいなと思っていたので大村駅まで歩いて行く理由のひとつにもなっています。

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(県道38号箕島大橋の大村市街地側)

カントリーサインではありませんが、モニュメントが私を長崎へお出迎えしてくれています(^_^)

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(JR大村駅にて)

空港から1時間で大村駅に着きました。歩いている途中だんだんと晴れてきて青い空もちらほら見えはじめ(山側は雲ってますが私がいる場所真上は晴れている)雨の心配は無さそうで安心してカントリーサイン収集が勤しめそうな天気です。

大村駅から電車に乗って長崎県で初のカントリーサイン収集スタートさせるのであった。

続く

youmyan

5日間長距離遠征!2020 (序章編)

こんばんは!youmyanでございます(^_^)

今回は前回の記事でお伝えした通り大規模カントリーサイン収集の旅の模様をお伝えしようと思います!

さて、気になる遠征の地ですがタイトルにあるよう長崎県を廻ってきました!長崎県カントリーサイン的になかなか面白い県でして、ずっと気になっていた場所でした。実はゴールデンウィーク辺りにでも行こうかなと思っていたのですが、残念ながら(コロナに)勝つまでは欲しがりません(我慢)ウィークとなってしまいずっと未練として残っていたので、コロナ騒動がやっと落ち着いてきた今、コロナの感染に充分気を使いながら5日間の遠征へ行ってきたというわけです。

いろいろ前置きを書きたいところですがとても長くなりそうなので省略します。あらかじめご了承くださいm(_ _)m

では早速書いて行こうと思います!

・2020年7月16日

初日はまず千葉から長崎方面を目指しました。当然、飛行機で成田空港から長崎空港に行くのが自然な流れでしょう。私もその流れに逆らわず成田空港から長崎空港へ行きました。

しかし、当初の計画ではそんな短時間で長崎へ行こうとはしてませんでした。タイトルを見てお気付きになった方もいらっしゃるでしょう。実はこの旅は昨年度行った遠征の続編に近い形で行ったものなのです!

lovecountrysignsyou.hatenablog.com

因みにこちら↑が昨年度の5日間長距離遠征!の記事の初日分になります。(気になる方は見てみてください)

何が続編かと思われる方もいらっしゃるかもしれないので説明しますとこちらの記事をご覧ください。

lovecountrysignsyou.hatenablog.com

これも昨年度の5日間長距離遠征の記事になります。最終日の佐賀県での活動について書いたものです。何故、佐賀県を目指したかといえば白石町に現在使われていない昔の章入りのカントリーサインを撮影することでした。九州は市町村合併前の自治体のカントリーサインの情報は少ないためこうした現存しているということはカントリーサインの歴史を調べている者からするととてもありがたいことなのです。しかし、そのカントリーサインが設置してある場所は私が訪れる数日前に土砂崩れにより道路が寸断され撮影に行けないという何とも悲しい出来事がありました。そして今回の旅こそがこの旧白石町章入り標識を撮影するリベンジ戦として計画をしたのです。もちろん前回と同じ通り青春18切符を使い山口、福岡、佐賀そして長崎で活動し長崎空港から成田空港へ帰る段取りでした。それが前回の長距離遠征の形を模した続きという訳なのです。がしかし、この計画が遂行されることはなかった‥‥‥

それは何故か順を追って説明していこうと思います。

 まず、上記のようにような段取りで必要なホテルや飛行機を1ヶ月前にとって準備万端にしていました。旅の下準備を終えた直後悲報が飛び込んできたのです!

いつもお世話になっております同じ愛好家さんから旧白石町章入りの部分が隠されているとの情報が。。

「これじゃリベンジという前提が崩れちゃうではないかよ‥‥ 」

まあ、合併から15年以上経つのでこればっかりは覚悟はしていたのであんまり落ち込みはしませんでした。(ウソ、本当はとてもガッカリしていた。強がってるだけです。)

 ただ、これだけの理由で鉄道旅を諦める訳はありません。何せ未踏の県、福岡や長崎が待っていたため旅はこのまま遂行するつもりでいました。

だが、ここでyoumyan最大のミスをしてしまったのです。

それは「青春18きっぷが使えない」ということです。

コロナの影響できっぷの販売が無くなった?いえいえ、そうではないのですよ。何と私が旅を出る時期は期間外だったのです(T_T)

何故そのようなミスをしてしまったか、JR東海青春18きっぷの詳細が載っているページにて使用期間が7月20日のところ販売期間7月1日~を使用期間と間違えてしまったようなのです‥‥(ドジだなあ)

それに気づいた私は大慌てで計画を練り直し結果として長崎県を中心にしてカントリーサイン収集をすることにしたわけです。

という訳で私は成田空港から長崎空港へ飛ぶため京成電鉄のとある駅から旅をスタートするのであった。。

続く

youmyan

 

 

 

大網白里市のあれこれ

こんばんは、youmyanでございます。今週は私の都合により少し早めのブログ更新をします。と言っても新しいネタがあるわけでは無いのですが過去に撮影したカントリーサインを紹介したいと思います。

今回はタイトルにある通り大網白里市についてピックアップしたいと思います。

大網白里市は千葉県の太平洋沿いの中程にあり九十九里浜の中央部に位置する白里海水浴場が有名です。また大網白里市は東西に面積が大きく東は太平洋、西は千葉市に接しています。

そんな大網白里市ですが、同じ愛好家が心踊るような種類のカントリーサインが設置されてますのでご紹介したいと思います。

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(国道128号 茂原市境にて)

大網白里市カントリーサインは実はこの通常タイプが主流となっていて至るところで見ることができます。というのも大網白里市は2013年に単独市制を行いそのときに多くの地点のカントリーサインで新調され通常サイズのカントリーサインが誕生したようなのです。(因みにこの地点は町時代は茂原市同様文字のみだったようです。)千葉県では直轄国道にしか(例外もありますが)通常サイズのカントリーサインが設置されていないため珍しいものと言う認識なので大網白里市の状況はなんかおかしな感じがします(個人的感想)。

大網白里市では新設された通常サイズのカントリーサインの章はすべてポジタイプなのですが、実は通常サイズのネガタイプが存在します。

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(県道75号 東金九十九里有料道路 九十九里町境にて)

こちらのカントリーサインは町時代から設置されていたようで管理が千葉道路公社のため通常サイズのカントリーサインが開通時(平成10年)から設置されていたようです。なので九十九里町東金市も同様のタイプが設置されています。(この有料道路の東金側の終点が直轄国道である126号に接続することからカントリーサインも通常サイズのものが使われたと思われる。)

この路線は自動車専用道路と構造が似ており車だと駐車スペースが無いため撮影が不可能です。しかし、自動車専用道路では無いため自転車の通行が可能なのです。(自転車用の料金所も設置されている。)自転車なら車道の横スペースに充分に停めることが可能なため一応撮影ができます。ただし、車には充分気を付けた上で自己責任で撮影してください。(あまりよろしいことでは無いと思いますが‥‥ )

因みに、この東金九十九里有料道路ですが約10kmありますが、すっごく快適な道路で起伏がなく走りやすかったためカントリーサイン撮影の有無に関わらず一度サイクリングをすることをお勧めします(^_^)

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(市道 白子町境にて)
こちらは千葉県で見られる章部分が小さいカントリーサインです。もちろん大網白里市にも存在します。ただ、数は少ないですけど。この地点は枠つきですが枠なしが何ヵ所か存在するのでいずれ撮影に行きたいところです。

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(市道 白子町境にて)

先述した通り大網白里市の文字のみはほぼ通常章入りに更新されてしまいましたがしぶとく生き残った文字のみカントリーサインもあります。おそらく英あり文字のみの大網白里市はこの地点だけにしか残っていないと思われます。まあ、市道に設置されているため更新を免れたのでしょう。

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(国道128号 東金市境にて)

さて、同じ愛好家さんならこのカントリーサインはお待ちかねじゃないでしょうか?

このタイプのカントリーサインは私のブログでは初登場ですね。何と、章入りタイプとイラストタイプのコラボしたカントリーサイン愛好家さん達にとってうれしいカントリーサインが存在するのです!!

実はこのタイプのカントリーサイン宮城県で見られるものと激似しているため『宮城タイプ』と勝手に呼んでいます (笑)

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(国道45号 松島町境にて)

こちらが宮城県で設置されているカントリーサインです。(これは数年前に宮城県東松島市で撮影したもの。)

特徴として左側に自治体名と章 右側にイラストといった感じです。(稀に左右反転してるものがいます。)これは宮城県が平成2、3年頃『みやぎ道しるべ事業』にて宮城県全市町村に設置したものだそうです。なので宮城県は章入りだけではなくイラストタイプのカントリーも全市町村そろううれしい県なのです!私も一部しか撮影していないのでいずれ宮城県に行きたいところです。そのときに詳しく宮城県カントリーサインを紹介したいと思います。

この宮城タイプですが、宮城県以外では見ることがほぼ無く福島県国道6号楢葉町広野町と千葉県の一部しか設置していない極めて珍しいものなのです。

この大網白里市は数年前に山武土木事務所管轄の標識更新の際に設置されたようです。なので新しい物となっています。設置箇所はこの地点(国道128号の東金市境)と県道30号(九十九里町境)の2箇所に設置されています。もちろんこの地点の東金市九十九里町も宮城タイプがありますので是非撮影してみてください。

因みにイラストは市の花(旧町の花)のコスモスです。

続いてがラストのカントリーサインです。

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(1枚目:圏央道(国道468号) 茂原市境  2枚目:圏央道(468号) 千葉市境 それぞれ側道部から撮影)

圏央道大網白里市カントリーサインです。側道部から綺麗に撮影できたのでご紹介します。

最近では高速道路のカントリーは2枚目のような文字のみカントリーサインが増えているようでありイラストタイプが消滅しかけています。そんな中で比較的新しく開通した圏央道の東金IC~木更津IC間のカントリーサインは何とイラストタイプが設置されたのです!大網白里市圏央道を通っているのでもちろんイラストタイプのカントリーサインが設置されました。

イラストは白里海岸の旭と鰯漁船のようです。先程ご紹介した宮城タイプのカントリーサインのイラストとは違うという点でもポイントが高いです(*^^*)

実はこのカントリーサインのイラストはカントリーサイン以外にも大網白里市に身近に使われていまして、マンホールにも同じイラストが使われているようなのです。というよりもマンホールのイラストをカントリーサインに流用したというのが正しいと思いますが。

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(JR大網駅前の路上にて撮影)

左右反転はしているものの全く同じイラストです。カントリーサインと同じイラストをカントリーサイン以外で使われているのを見つけるとなんだか嬉しくなります。

2枚目の文字のみカントリーは大網白里市が2回に渡って境界を跨ぐため(東金市大網白里市千葉市大網白里市茂原市)イラストの標識を一番外側の境界の2箇所だけにして内側の2箇所を文字のみにしてコスト削減を図っているようです。

この文字のみカントリーサインですが 高速道路界隈においてバカに?されがちですが私はこのタイプ気に入っていたりします。

以上、いろいろなタイプが混在する大網白里市のご紹介を終わります!

来週は何を書くか未定(多分引き続き千葉県ネタで考えていますが)ですが、再来週以降は7月中旬に行う予定の大規模カントリーサイン収集を行う予定ですのでその模様をお伝えしたいと思います(^_^) 楽しみにしててください!

ではまた来週(^_^)/

youmyan

鎌ヶ谷市

こんばんは、youmyanです(^_^) 

さて、今回は前回の記事でもお伝えした通り千葉の話題を取り上げたいと思います。

千葉県の東葛エリア(野田市柏市流山市松戸市鎌ヶ谷市我孫子市)と言えばカントリーサインマニアの間ではカントリーサイン不毛地帯として知られている地域です。その中でも異様に設置率が悪いのが鎌ヶ谷市である。鎌ヶ谷市自体東葛エリアの他市に比べて面積は小さいのですが、それなりに国道、県道はそれなりに通っていて何故か1箇所しかカントリーサインが設置されていないのです。その唯一の鎌ヶ谷市カントリーサインがこちらです。

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(県道59号 白井市境 にて)

千葉県お得意の章が小さいタイプが設置されています。このカントリーサインのお陰で鎌ヶ谷市は章入りタイプが存在する自治体に仲間入りすることができたのです。因みに同じ東葛エリアの流山市直轄国道である国道6号のみにしか章入りが設置されておらず、しかも国道6号流山市を通過するのも短い距離なため奇跡的に章入りの自治体の仲間入りできたのである。そもそも、章入りタイプに力をいれている千葉県がなぜ東葛エリアだけカントリーサインを設置しないのか不思議です。。

私は最近まで鎌ヶ谷市カントリーサインは上の写真の箇所一ヶ所にしか設置されていないと思っていました。しかし、最近ストリートビューで文字のみですが鎌ヶ谷市カントリーサインを発見してしまったのです。

(以前、いつもお世話になってますカントリーサイン愛好家さんが青地の白井市カントリーサインを撮影されており、それを撮影するために場所を探していた際に白井市の境界と思っていたところが鎌ヶ谷市の境界でカントリーサインが設置されていることを発見してしまったのです。。)

一応、章入りタイプの撮影が専門である私ですが最近多くのタイプのカントリーサインを撮影したい欲が強いものですから、早速撮影に行ってきました。

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(1枚目:市道 柏市境  2枚目:市道 鎌ヶ谷市境)

市道に設置されていますが、県道に設置されていいるものと大差ない普通の文字のみタイプのカントリーサインです。設置時期は柏市側のカントリーサインは上から張り付けた跡があるためこの辺りの旧自治体の沼南町の物を使ったと思われるので沼南町時代からあるものと思われます。

まあ、市道の分かりにくいところに設置されているためあまり知られていないようですが是非鎌ヶ谷市に訪れた際には探してみてください。

(国道464号とか他の県道に設置されないですかね‥‥)

では(^_^)/

youmyan